こんにちは。
僧侶でライターの小島杏子と申します。
過酷な暑さもようやく落ち着き、風が吹くごとに秋の気配が深くなってきました。お寺では、秋のお彼岸の季節がはじまります。
秋分の日を中日として、前後3日ずつをくわえた7日間の秋のお彼岸。私たちが生まれるよりもずっとずっと前から、人々はこの時期になると、太陽が真西に沈みゆく様子に、いのちの行方であるお浄土を思い、手を合わせてきました。

秋のお彼岸になると、姿をみせる花があります。すっとまっすぐに生えた緑の茎、空に向かって手を伸ばすように咲く真赤な花。そう、彼岸花です。曼珠沙華という呼び名も有名でしょうか。
中国原産であると言われ、根(鱗茎)には毒があります。一説によると、縄文時代後期〜弥生時代頃にはすでに日本に伝わってきたとも考えられています。
彼岸花の別名を、みなさんはいくつご存知でしょうか?
墓地などに多く咲くことから「死人花」「幽霊花」「地獄花」、毒性であることから子どもに注意を促すためか「手くされ」「舌曲がり」「歯欠け花」などの名も持ちます。花が枯れてから葉が伸びてくる様子から「ハミズハナミズ」(花のときは葉を見ず、葉のときは花を見ず)という名も。
ほかにも「イチジバナ」「イッポンカッポン」「狐の剃刀」「天涯花」「数珠花」「ケサカケ」「ワスレバナ」「ゴショウバナ」……実は、彼岸花にはおよそ1000以上の別名があるとも言われています。名前の多さは、それだけ人々の生活のすぐそばにこの花があったことを示すものでしょう。

お墓に群生していたり、毒を持つためか、恐ろしいイメージの名づけが目立ちますが、彼岸花をお墓で多く見かけるのには理由があり、その毒にも長い間人々の生活を助けてきた歴史があるのです。
彼岸花の球根(鱗茎)に含まれるアルカロイドは、吐き下しなどの作用をもたらしますが、球根を潰して水によくさらせば毒性は抜けるのだそうです。人家の近くに群生地が多いのは、かつて飢饉用の非常食や薬として植えられ、活用されてきた名残ではないかといわれています。
また、毒分も湿布薬や、殺虫剤、殺鼠剤としても利用されてきました。江戸時代に編纂された百科事典『和漢三才図会』には、蔵の壁土に彼岸花の成分を混ぜ込むことで、ネズミの侵入を防いだという記述が残っています。また、球根のでんぷんを襖の糊として使用することで虫食いを防いだともいわれます。
墓地に群生しているイメージにも理由があります。かつて土葬が主な埋葬方法であった時代に、獣によって遺体が荒らされることを防ぐため、毒性の球根を持つ彼岸花を多く植えたのです。あぜ道に多く植えられたのも同様の理由で、ネズミやもぐらから田畑の作物を守るためだったようです。

彼岸花の別名、曼珠沙華とは、インドの古い言葉サンスクリット語の「マンジューシャカ」に漢字を当てたものです。このマンジューシャカは仏典に登場する花です。
その美しさは、見る者を自然と悪業から離れさせるほどであると説かれます。天人たちが、仏のみ教えに出遇ったよろこびに、この花を雨のように空から降らせる様子も描かれています。
実は、仏典に登場するこのマンジューシャカは、実際にどのような花かはわかっていません。インドには自生の彼岸花も見られないことから、正確には彼岸花=マンジューシャカではないといわれています。しかし、昔の人が彼岸花を見て、「マンジューシャカ(曼珠沙華)と名づけよう」と思った理由を想像してみると、感慨深いものがあるなぁと思うのです。

古くより日本人の生活のすぐそばにあり、亡き人をおもう彼岸の時期になるといっせいに花開く彼岸花。その花に、曼珠沙華という名を与えたのは、もしかしたら仏さまのみ教えがここにも届いているのだと喜ぶ心からだったのかもしれません。
お彼岸は、先にこの世のいのちを終えていかれた大切な人のことを思う季節である。と、ともに、自分自身の限りあるいのちをどう生きていくのか、なにに出会っていくのか、なにに喜び、なにに悲しみ、そしてどこへ向かって生きていくのかを見つめるための期間でもあります。
野に揺れる彼岸花を見かけたら、秋のはじまり。慌ただしい歩みを少し緩めて、いのちの気配に耳を澄ましてみるのもいいかもしれないですね。

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