こんにちは、俳人の森乃おとです。
秋が深まり、日当たりのよい草地でワレモコウの花の穂を見かけるようになりました。
暗い赤や紫を帯びた地味な色合いの花ですが、しみじみとした風情があり、秋の花野の奥行きがいっそう深まるような気がします。
若山牧水/歌集『別離』より
若山牧水は、旅を愛した明治の歌人。その若き日、恋人に贈ったとされる短歌です。
「吾亦紅、ススキ(薄)、そしてカルカヤ(刈萱)。秋草の寂しさの極みを、あなたに贈ろう」……。
3つの植物はいずれも“さびしき”秋草ですが、その中でワレモコウの暗紅(あんこう)色は、愛しいひとの面影のように忘れがたき印象を残します。
「私もまた紅い花なのです」
ワレモコウという風変わりな名前は古くから知られ、平安時代の「源氏物語」にも登場します。しかし、その由来については諸説あり、それに伴い「吾亦紅」「吾木香」「割木瓜」などさまざまな漢字表記が使われてきました。
現在、一番定着している表記は「吾亦紅」で、「私(吾)もまた(亦)赤(紅)い花なのです」という意味になります。
出典は不明ですが、昔、神様が秋の野に赤い花を探しに降りてきて、見つからないので帰ろうとしたところ、「私では駄目ですか」とワレモコウがささやいたとか。
あるいは、ワレモコウの花の色をめぐって激論が交わされた時、「吾は断じて紅なり」と主張するワレモコウの声が聞こえた、などの話があります。
その云われをそのままに、高浜虚子は「吾も亦(また) 紅(くれない)なりと ひそやかに」と俳句に詠んでいます。
花びらを持たないバラの仲間
「吾亦紅(われもこう)さし出て花のつもり哉(かな)」は、江戸時代の俳人小林一茶の句。ワレモコウの花らしくない地味さをからかいながらも、優しい愛情を投げかけています。
そんな控えめなワレモコウですが、バラ科ワレモコウ属の多年草。実はあの華やかなバラの仲間なのです。
それでは、なぜワレモコウの花は、地味に見えるのでしょうか。
ワレモコウの円筒形の花穂は長さ2~3mmのたくさんの小さな花の集まりで、その小花には花びらがありません。その代わりに4枚の厚い蕚(がく)片が雄しべと雌しべを包んでいます。つまり、花びらに見える部分は、萼(がく)なのです。
7~10月の花期になると、この蕚が穂の上の方の小花から順に色づき、開いていきます。このような咲き方を「有限花序(ゆうげんかじょ)」といいます。
ワレモコウの根は生薬の「地楡(ちゆ)」
ワレモコウには「吾木香」という漢字表記もよく使われます。
「木香(もっこう)」は、インド原産の強い芳香を持つキク科の多年草で、その根は健胃剤や線香の原料として古くから輸入されていました。その木香と根の形がよく似ているので、“我が国(吾)の木香”という意味から生まれた表記です。
一方、「割木瓜」という表記は、4つに裂けた蕚(がく)片の形が「木瓜紋(もっこうもん)」という家紋に似ていることに由来するとか。木瓜紋は古代中国の官服のデザインとして制定され、日本でも家紋としてとても人気があります。
ちなみにワレモコウの根も生薬として止血剤などに使われ、中国では「地楡(ちゆ)」と呼ばれます。学名のSanguisorba officinalisサングリソルバ・オフィシナリスは、「血を吸い取る薬」という意味です。
花言葉は「変化」「もの思い」「愛慕」
ワレモコウの花言葉は、「変化」「もの思い」「愛慕」です。「変化」は花の色が穂の上から下に順に変わっていくことから、「もの思い」は花穂が風に揺れる様子から。「愛慕」は、「私も紅い花なのですよ」と訴える健気さから生まれたのかもしれません。
ワレモコウ(吾亦紅、吾木香、割木瓜)
学名Sanuisorba officinalis
英語名 great burnet、burnet bloodwort
バラ科ワレモコウ属の多年性植物。日本列島、朝鮮半島、中国、シベリアの日当たりのよい草地に分布。草丈は70cm~1m。花色は暗い紅あるいは紫で、花期は7~10月。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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