こんにちは、料理人の庄本彩美です。今日は「新味噌」のおはなしです。
大きさでいうと、だいたい一畳分くらい。四角くて、小学生の私の胸の辺りくらいの高さ。古い布団が被せられたそれは突然、実家の離れに出現する。たまに祖母が見に行っているようだが、静かに置かれていて、2、3日ほど経といつの間にかいなくなっている。
こういう実家の思い出は、季節の匂いと一緒に思い出されるのだが、この布団に関してはどの季節とも結びつかない。
社会人になってから実家の味噌の美味しさに気がつき、祖母にいろいろ聞いたことで、やっとあの布団の正体が分かった。味噌づくりに必要な米麹を温めて作っていたのだ。味噌づくりといえば1月や2月のイメージがあったが、祖母は、寒くて麹の育ちが安定しない12〜2月は休み、3、5、11月で味噌を作っているという。なるほど、だからあの布団の季節の記憶が曖昧なのかと納得した。
温度管理が難しそうな麹づくりだが、祖母は布団や電気アンカなどで調節しているという。その見極めについて尋ねると「作る時の寒さや菌のつき具合、手を入れて感じる温度の塩梅による」とのこと。
てっきり麹は買ったものだと思っていたので「麹まで作っているなんて!」と心底驚き、アナログな感覚を持ち合わせた祖母の「手」を見る目が変わった。
味噌づくりには「寒仕込みの土用越し」という言葉がある。味噌は冬をゆっくり過ごし、夏に一気に熟成して、秋に出来上がる味噌が美味しいと言われている。雑菌の少ない冬に仕込むと失敗しにくいこともあり、私は寒い時期に味噌を仕込んでいる。
またこの時期は味噌の材料が新鮮だ。新米で作られる麹、10月末から収穫されるフレッシュな大豆を使うことができる。これを10ヶ月ほど寝かせて秋に解禁されるものを「新味噌」というそうだ。お酒でいうと「新酒」のようなものだ。
出来立ての新味噌は塩味が強めだが、まだ暑さの残る時期に出来上がるので、私たちの身体に丁度良い味となっている。そして冬に向かって徐々にまろやかな味になっていく様は、味噌が寄り添ってくれているかのようだ。
味噌づくりの面白いところの一つは「すぐに完成しない」ところだと思う。
材料は大豆、麹、塩とシンプル。豆を湯がいたり潰したりする時間はかかるものの、工程は少ない。そのため初めて挑戦した時は「えっ、これで終わり?」と、驚いた。
味噌を寝かせている間、中身が気になり蓋を開けてしまったことがある。味噌は嫌気性発酵で、空気のない環境を好むため、中を覗くとカビのリスクが高まる。
本当にこれで出来上がっているのか、カビが生えていないか。待っている間私は不安になった。しかし開けて覗いたとて、奥の味噌の様子は分からないし、出来る事も少ない。「最適な環境に置いてやって、待つことが大切なのだ」と気がつき、祖母とは大違いな、せっかちな自分に苦笑したのだった。
人間が仕込みをした後は、バトンは微生物たちへ受け渡され、さらに時間という作用が加わることで、味噌は出来上がる。祖母が味噌や麹を作るのが上手なのは、その「手」加減が丁度いいのだろう。
同じ場所、同じ材料で作っても、出来上がりは人それぞれ味が違うのも、またいい。作り手の常在菌や置く場所の環境などによって、その人に合った唯一の「手」前味噌ができるのだ。
そろそろ新味噌の季節。味噌屋さんで「新味噌」が並ぶところもあるだろう。
そしてぜひ、味噌作りにも挑戦してみてほしい。生命力に溢れた食材を感じながら、見えないものたちを信じて過ごすひとときは、優しく、宝物のような時間になるだろう。
庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
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