こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
今回は、赤茶色が美しい夏鳥のアカモズを紹介します。
アカモズと聞いて、「あー、あの鳥ね」と思った方は、おそらくほとんどいらっしゃらないのではないかと思います。何故ならば、現在の日本でこの鳥に出会えることがまずないから。驚いたことに、今、日本全国に生息するアカモズの数は、わずか200羽とされ、絶滅が心配されている鳥なんです。
そんな希少な鳥のアカモズですが、モズの仲間の小鳥で大きさは20cm。東アジアに広く分布する鳥で、日本では、春に東南アジアの越冬地から九州以北に渡ってきて子育てをし、秋になると越冬地へ旅立つ夏鳥です。ちょうど今頃は、ヒナが巣立って、独り立ちする時期にあたります。ちなみに、日本で繁殖するアカモズは、亜種アカモズといい、世界でも繁殖地は日本とサハリンや千島列島南部にしかありません。
姿や色は、身近な鳥のモズによく似ていますが、頭から背中や翼の上面が美しい赤茶色しており、同じ部位が灰色のモズとは違います。アカモズという名前は、この体の色に因んでいるわけです。また、白い眉と黒いアイラインが目立ち、キリッとした顔立ちに見え、なかなかスマートな印象の鳥です。
アカモズが見られるのは、河川敷や農耕地、海岸の林などで、草原に木がまばらに生えている開けた環境を好みます。また、それと似たような構造であるリンゴ園などの果樹園にいることもあります。主な食べものは昆虫で、トカゲやカエルなどの小動物も食べてしまいます。枝先にとまり、近くを通ったオニヤンマをフライングキャッチで捕らえたり、地面にいる昆虫に飛びついたりして獲物を捕らえます。
さて、そのアカモズ。かつては、それほど珍しい鳥ではありませんでした。なにしろ、私が子ども時代の1970年代には、東京でも出会える鳥で、私は東京の西部にある多磨霊園で見た記憶があります。そんなごく普通にいた鳥が、1990年代になると、分布域は約80%も縮小してしまったのです。ただ、その頃は、いるところに行けばまだ姿が見られる状況で、今ほど深刻な感じではありませんでした。
それから20年後に全国的なアカモズの生息調査が行われ、その結果は衝撃的なものでした。2019年時点で国内の繁殖つがい数は149つがい、成鳥の総個体数は332羽と推定されたのです。繁殖地は、北海道と本州の一部地域に限られており、これは過去100年間で90.9%も繁殖地が減ったことを示しています。このような事から環境省は絶滅危惧ⅠB類に指定、これはライチョウやイヌワシと同じランクです。そして、現在はさらに状況が悪化し、2022年時点で45つがいしか見つかっておらず、2026年には日本からいなくなってしまうのではないかと言われています。
では、なぜアカモズがこれほどまで減ってしまったのでしょうか。じつは、はっきりとしたことがわかっていないのが現状です。ただ、いくつかの原因は指摘されていて、まず、アカモズが好む、木がまばらに生える開けた環境がなくなってしまったこと。かつては東京の郊外でも見られた環境でしたが、ほとんどが住宅地になってしまったのでアカモズはいられなくなってしまいました。また、果樹園など余り環境が変わっていない場所では、せっかく誕生した雛がカラスやネコによって捕食されるなど繁殖がうまくいかず、やがて姿を消してしまったといいます。このままでは、日本からアカモズが絶滅するのは時間の問題です。そこで、動物園で人工的に増やす取り組みも開始されており、今、多くの関係者が協力して絶滅回避の方法が探られているのです。
じつは私自身、1970年代に東京の多磨霊園でアカモズを見て以来、一度も出会っていません。もちろん現在でも、繁殖している場所に出かければ見るチャンスがあります。しかし、私の観察がアカモズの繁殖に悪影響を与えることにもなりかねないので自粛しています。かつてはごく普通にいた鳥でも、気がついたらいなくなっている。そんなことがあることを多くの方に知ってもらえればと思い、今回アカモズの現状を記しました。

柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
