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サギソウ

旬のもの 2024.08.25

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

サギソウ(鷺草)は、飛んでいる白鷺(シラサギ)を思わせる美しい花です。純白の花弁は繊細で、夏の陽射しの中でも涼し気に風に揺れます。両の翼を広げ、いまにも遠くへと行ってしまいそうで、見るたびに切ないような気持ちとなるのです。

日本の野生ランの一つ

サギソウはラン科サギソウ属の多年草。本州から四国、九州まで日本各地の日当たりの良い低湿地に生育。台湾、朝鮮半島にも分布しています。
花茎を高さ15~50 cmにも伸ばし、先端に花径3㎝ほどの1~3個の白い花を房状につけます。花期は7~8月。花は花弁と萼(がく)各3枚で構成。

唇弁は最も大きく、深く3裂します。真ん中の中裂片は細長く、シラサギの頭部および胴体を思わせ、両側の側裂片2つは斜扇形で横に開かれ、その縁は細かく裂け、翼を広げたように見えます。

スズメガと共に進化した花

一方、2枚の側花弁と3枚の萼は、蜜を溜める「距(きょ)」の入り口と、花粉の塊を入れる2つの部屋をつくります。
距は、花の後方につくられた器官を指す植物学の用語。サギソウの場合3~4 cmもの長さに垂れ下がり、末端に蜜が溜まります。夜行性の特定のスズメガ(サギソウスズメガ)が口吻を差し込むと、花粉塊が粘着し、他の花に運ばれて受粉する仕組みです。

サギソウの花は、スズメガが蜜を吸うときに、脚をかけて捕まりやすいように、ギザギザの花弁を持っています。距が大きいのも、スズメガのため。ホバーリング(空中静止)することから、エネルギーとなる大量の蜜を必要とするのだそうです。サギソウの白い花は夜でも目立ち、スズメガをひきつけます。花粉を付着させたスズメガの飛翔能力は高く、遠く離れた各地のサギソウの生育地を結びます。

世田谷城の“鷺草伝説”

東京の世田谷には、サギソウをめぐる悲しい伝説があります。
16世紀後半の戦国時代、世田谷城主・吉良頼康(きら・よりやす)は、重臣で出城の奥沢城主である大平出羽守(おおひら・でわのかみ)の娘・常盤を13番目の側室にめとり、深く寵愛していました。常盤は才色兼備の姫でした。

そのため他の12人の側室たちは激しく嫉妬し、やがて身ごもった常盤の腹の子どもの父親は頼康ではないと騒ぎ立てます。次第に噂を信じるようになった頼康は、常盤を冷たく扱うようになりました。

常盤は無実を訴える遺書を書き、幼い頃から飼っていた白鷺の足に結んで、実家の奥沢城に向けて放ちました。しかし、狩りに出ていた頼康の矢に打たれ、手紙の重さにも耐えられず、シラサギは地に落ちてしまいました。その手紙を読んで常盤の潔白を知った頼康、急いで駆けましたが、時すでに遅し。常盤はすでに自害し、おなかの子どもも亡くなっていました。胎児を包む胞衣(えな)には吉良の血を引くことを示す文様がありました。

そして、白鷺が落ちたところから、見慣れない美しい白い花を咲かせる草が生えてきたといわれます。それがサギソウです。
サギソウは1968(昭和43)年、「世田谷区の花」に認定されました。当時はまだ、サギソウの自生する湿地があちこちに残り、区民にとってなじみの深い花だったためです。

鷺草の落ちし羽を拾ひけり――阿部みどり女(あべ・みどりじょ、1886―1980)

サギソウの花言葉は「無垢」「清純」「繊細」「神秘的な愛」「夢でもあなたを想う」「芯の強さ」など。なんとも美しいものばかりです。
現在、サギソウは乱獲や生育環境の変化により、個体数が大幅に減少し、現在では準絶滅危惧種に指定され、保護活動が行われています。
白鷺はいまもなお、常盤の思いを届けようと羽ばたき続けているのでしょうか。

サギソウ(鷺草)

学名:Pecteilis radiata
英名なし
ラン科サギソウ属の多年草。日本各地の低湿地に分布。 草丈15~50㎝。花期7~8月。茎の頂に1~3個の長さ3㎝ほどの花をつける。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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