今日、ご紹介するのは暑い夏に旬を迎える鮑です。
日本人の暮らしに古くから関わってきた貝でもある「鮑」。その魅力は味わいだけではありません。
鮑は、北海道南部から九州にかけての岩礁に生息しています。
水温が20度を下回ると産卵する習性があるため、その前の7〜9月ごろが、栄養をたっぷりたくわえた最もおいしい時期だとされます。
普段は岩にピッタリと貼りついて移動し、カジメやコンブ、ワカメ、アラメなどの海藻を食べて成長します。貝には昼も夜もなさそうですが、実はどちらかというと夜行性で、昼間は岩のすきまでジッとしてほとんど動かずにいて、夜になるとエサを求めて動き出すのだとか。
鮑といえば高級貝の代名詞であり、長寿の縁起物としても知られます。
現在でも伊勢神宮などの神饌として欠かせませんが、その存在感は古代から受け継がれてきたもの。
古くは『魏志倭人伝』の中に、日本人は海中に潜って魚や鮑を採っているという記述もあるなど、鮑を食べる習慣は、縄文時代にまで遡ることができます。実際に、縄文時代の貝塚からは鮑が多数見つかっています。
奈良時代の木簡からは、日本各地から鮑が献上されていたことがわかり、当時から珍重されていた様子がうかがえます。2m以上の熨斗鮑(のしあわび)があったという記録もあるほど。
鮑は生のものを薄くむいて、押し伸ばしつつ乾燥させれば干し鮑、つまり「熨斗鮑」に加工できます。乾燥させれば旨味が濃くなり、長期間保存できるうえ、干した鮑は軽くて持ち運びにも便利だったため、古くから長寿の縁起物や贈答品として重宝されてきたのです。
現在でも贈答品に欠かせない「熨斗」の由来になったのが「熨斗鮑」。
中元や歳暮など、折々の贈り物には、のし紙をかけますが、そこには水引とともに熨斗が描かれているものです。
これは昔、贈り物に「熨斗鮑」つけたことに由来しています。もともとは本物の熨斗鮑だったものが、時代とともに簡略化し、大正時代ごろから印刷された「のし紙」へと変わっていったとされます。
日本人の伝統的な文化にも深く関わってきた鮑。もちろん食べてもおいしいことは、言うまでもありません。
生で食べれば、コリコリとした抜群の歯ごたえと甘み、磯の香りがクセになりますし、火を通せば、ほどよい柔らかさに濃厚な旨味があふれます。
刺身やステーキなど、様々な食べ方で味わえるのも鮑の良さですね。
海なし県にも関わらず、鮑が名物として知られているのが山梨県。
「アワビの煮貝」は、現代のように輸送手段や冷蔵技術のない時代に、駿河湾で採れた鮑を醤油漬けにして運んだことに由来します。
甲州までの道中、木の樽に詰められた醤油漬けの鮑は、馬の背にのせられ揺られながら運ばれ、甲府に着く頃には、ほどよく味が染み込んで旨味も増していたとか。
それが時とともに洗練され、今では甲州名物「アワビの煮貝」として定着したのです。独特の歯ごたえと風味が好まれ、今でもお正月などの特別な席に出されることが多く、贈答品やお土産としても地域の人たちに愛されている逸品です。
清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
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