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わさび

旬のもの 2025.01.17

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こんにちは、料理人の庄本彩美です。今日はわさびのお話です。

和食に欠かせない薬味である「わさび」。しかし、わさびをわざわざおろして食べる機会は、滅多に無いのではないだろうか。
私も刺身を食べるために、チューブタイプのものを買うことはあるが、ほんの少し使ったきりで、いつの間にか冷蔵庫の中で賞味期限を切らせてしまう。チューブじゃない方が美味しいに決まっているが、わさび1本買おうもんなら、必ずや残してしまうだろう。なかなか手の出せない、遠い存在だ。

一度だけ、料理の先生のお手伝いをした時に、わさびを手に取ったことがある。
その日私は、お客さまの会食のスタッフとして呼ばれた。「先生が料理に集中できて、スムーズに会が進むように頑張るぞ!」と、私は腕まくりをして台所に入った。
お出しする懐石料理は、冬の献立。先生が前菜を盛り付けるのを横で見つつ、菜の花や南天などのあしらいを渡したり、台の上の整理をしたりしていく。金柑のみぞれ和えや、煮なますが可愛いサイズでちょこちょこと盛られた先付け。思わず「私も食べたいよ〜」と、本音が出そうになる。グッと飲み込んでお手伝いに集中する。

次に先生から「わさびをすってもらえる?」とお願いをされた。今回は、先付けの前に「かぶら蒸し」を出すという。かぶら蒸しといえば、寒い冬の京都を代表するご馳走。白身魚の上に、雪景色に見立てられた聖護院かぶらのおろしがふんわりと乗り、出汁の効いた餡がとろりとかけられた椀料理だ。蒸し器でホカホカに温められたかぶら蒸しを一番にお出しするのは、外で冷えた身体を温めてもらおうという先生の心遣い。わさびは、かぶら蒸しの上に添えるそうだ。

タッパーの中には、わさびが1本キッチンペーパーに包まれて入っていた。
「本物のわさびをちゃんと見るのは初めてだなぁ」と思いながら観察する。中太の根っこのような形をしている。根茎というそうで、ぎゅぎゅっとコブが詰まっていた。
すりおろし方について聞くと「包丁で上の茎を切り落として、使う分だけ根元の方から包丁でコブを軽く削ってちょうだい。円を描くようにゆっくりすりおろしてね。」とのこと。「わさびは笑いながらすれ、なんて言われるくらい、優しくすりおろすといいんだよ」と教えてもらった。

目の細かいすりおろし器に、わさびを当てる。お客さまにお出しする手前、緊張もあり、ゆっくり丁寧にすりおろす。さらさらと綺麗な緑色がおろし器に広がる。思っていたより、力を込める必要はないようだ。あのわさびならではの香りが、ほのかに鼻にツンときた。
すりおろしたわさびは、薬味寄せという竹で作られた小さなサイズのハケで集める。ちょこちょこと手を動かしていると、なんだかわさびが可愛らしくも思えてくる。

蕪蒸し 写真提供:アトリエIchirin

蒸しあがったかぶらに餡をかけたら、先生が盛り付け箸でわさびを整え、かぶら蒸しの一番上にそっと添えた。つるりとした雪景色の上の緑がちょこんと映えていた。椀の蓋がそっと閉められ、会食の始まりを楽しみに待たれるお客さまの元へ。
「ふかふかのかぶらに、あつあつの餡は、冷えた身体にはたまらないだろうなぁ。上品な口当たりでとろけつつ、わさびの程よい辛みがキュッとアクセントに…」なんてまた雑念が湧いてきて、よだれが出そうになってしまうのであった。

会食の前菜 写真提供:アトリエIchirin

わさびは、またキッチンペーパーに包んでタッパーへ戻した。まだ沢山残っているが、このわさびはどうするんだろう?
会食が無事終わった後、私は先生に「残りのわさびって、どうやって使っているんですか?」と聞いてみた。
「余った時は、漬け丼のタレにすることが多いかな。たっぷりすりおろして、マグロや鯛、鰤を漬けることが多いよ」とのこと。なんて贅沢な食べ方なんだろう…!

わさびの旬は12〜2月ごろだという。わさびは秋から冬にかけて茎に栄養が行き渡るため、最も辛さが増すのは冬なのだそう。本格的にわさびを買って味わってみようと思った時は、冬のわさびを一度ご賞味あれ。

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庄本彩美

料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。

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