まだまだ寒さが残る日が続きますが、暦の上では立春を過ぎ、少しずつ春の気配が感じられる頃となりました。こうした季節の移ろいと深く結びついてきた魚のひとつが「飛魚」です。
大きく発達した胸びれで海面をグライダーのように滑空する姿が印象的な飛魚は、黒潮にのって北上し、日本各地の沿岸に春から初夏にかけて姿を現します。そのため、伊豆諸島などでは春を告げる「春告魚」として知られ、海を渡ってくる春の兆し、季節の到来を知らせる存在として親しまれてきました。
日本における飛魚の歴史
飛魚は古くから日本近海で漁獲されてきた魚です。江戸時代の本草書や魚譜にもその名が見られ、食用魚として各地で利用されていたことがうかがえます。
江戸時代の『本朝食鑑』(1697)には、生で食べるよりも干物のほうが味が良いと記されており、その記述の通り、干物や燻製にすることで旨味が増す魚として評価されてきました。こうした特性は加工技術と結びつき、地域ごとの食文化を育んできたといえるでしょう。
特に島嶼部や九州西岸など、飛魚の回遊ルートにあたる地域では、飛魚は身近な季節魚として重要な役割を果たしてきました。
伊豆諸島の飛魚文化
伊豆諸島の近海には、春から初夏にかけて産卵のために多くの飛魚がやってきます。春に水揚げされる飛魚は「春とび」と呼ばれ、そのほとんどが「ハマトビウオ」という大型の種類です。
長い距離を飛ぶことができる飛魚の身は、筋肉質で脂が少なく、上品で淡白な旨味があります。島々では、新鮮な飛魚を刺身やなめろう、唐揚げなどにして味わうほか、島独特の干物「くさや」として保存し、日常の食卓に取り入れてきました。
黒潮の恵みを受けた島の食文化の中で、飛魚は春の訪れを告げる大切な存在なのです。
九州に広がるアゴだしの世界
九州地方、特に長崎県や鹿児島県、福岡県などでは、飛魚は「アゴ」と呼ばれています。九州では、鮮魚としてよりも、だしの素材としての利用が広く知られています。
アゴを炭火で焼いて乾燥させた「焼きアゴ」は、澄んだ香りと上品な旨味をもつだし素材として、うどんや雑煮、吸い物など、各地の家庭料理や郷土料理を支えてきました。近年ではアゴだしの人気が全国に広がり、地域の食文化が共有される一例ともなっています。
まだ冬の寒さが残る2月は、春の魚を待ちわびる季節でもあります。空を飛ぶように海を渡る飛魚は、日本人にとって、自然のリズムとともに生きる知恵を伝えてくれる存在です。だしの香りや干物の滋味を通して、季節の移ろいに思いを寄せる――そんな食の楽しみ方を、改めて大切にしたいですね。

清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
