こんにちは、料理人の庄本彩美です。今日は「ちらし寿司」についてのお話です。
明日はひな祭り。この日はいつも、母と一緒にちらし寿司を作った。
母は料理に関しては、いつもどこか大まか。わが家でちらし寿司を作る時には、決まって昔ながらの丈夫なプラスチック製のシェイカーが登場する。中に入れるのは、お酢と砂糖、塩。これで合わせ酢を作る。分量は、母が「ストップ!」という所まで。完全に目分量だ。蓋を閉めてシャカシャカと振る。砂糖が溶けて混ざったら、上の小さな蓋をポンッと開け、炊き立てのご飯にトポトポと回しかける。
母のちらし寿司は、具材も素朴。甘辛く煮た椎茸と人参だけ。合わせ酢と一緒にさっくり混ぜたら酢飯の出来上がりだ。普段使わない来客用の平皿を家族分用意し、酢飯を平たくふんわりと盛り付ける。その上に乗せるは、少し焦げていたり、太かったりする不恰好な錦糸卵。これだけでも美味しいのだが、その仕上げに「桜でんぶ」が登場すると、ちらし寿司に一気に魔法がかかるのだ。
冷凍庫の奥から引っ張り出される、市販の小さな袋2つ。輪ゴムでぐるぐる巻きに留められていて、一生懸命爪を引っ掛けて解く。ピンクと緑の鮮やかな粉をさらさらと振りかける。すると、パッと花が咲いたように彩りが生まれる。子どもの私にとって、ちらし寿司といえば、この桜でんぶ。「あぁ、今日は特別な日なんだ」と、胸が踊ったものだ。
家族が揃ったこの日の食卓は、ちょっぴり華やいでいた。
最初の一口は、ピンクの桜でんぶがたっぷりかかったところから。お箸でそっと持ち上げると、酢飯の上で、でんぶがキラキラと光る。舌に触れた瞬間、ふわっと砂糖の甘みが広がり、酢飯の爽やかな酸味が追いかけてくる。噛めば椎茸と人参の旨みがじわっと滲み出し、錦糸卵のわしっとした食感と重なり合う。そして桜でんぶが溶けたあとに残る、少しベタつくような、でもどうしようもなく愛おしい甘さが、今でも記憶に残る。
子どもの私にとって、このちらし寿司が最高のご馳走だった。
料理を仕事にしてからは、母の作るちらし寿司とはレシピとは違い、つい見栄えに気を気にして華やかにしすぎたり、手をかけすぎたりすることもあった。
ここ数年は子育てに追われる中で「もっと素朴な料理でいいのかも」と、ようやく肩の力を抜けるようになってきた。
そんな時、ふと思い出すのが母のちらし寿司だ。決して料理上手な一皿ではなかったかもしれない。しかし、食卓をパッと明るく楽しませようと、冷凍庫から「とっておきの魔法」を取り出してくれた母の優しさは、十分子どもの私の心に届いていた。
立派な料理を作ろうと力む必要はない。日常の延長に、ささやかな特別感をひとさじ。それだけでも、食卓に魔法はちゃんとかかるのだから。

庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
