4月に入り、春らしい陽気が続きますね。
木々も青々としてきて、全国各地で桜は満開に。にこにこしながら桜を見上げる人たちの様子を見ると、春が来たことをあらためて実感します。週末は花見客やイベントで盛り上がる、賑やかな季節がやってきました。
花見の歴史を調べてみると、意外なことがわかりました。
もともと花見は、個人でたのしむ娯楽ではなく、村や地域で行うならわしだったといいます。桜の開花に合わせて山に登り、飲食する行事を「花見」と呼んでいたそうで、そこには儀礼の意味合いがありました。昔の人にとって山は、神が宿る神聖な場所であったため、花見は神様をお迎えし、豊作を願う儀式でもあったといわれています。
奈良時代に編纂された地誌にも、その記載が残っているようです。
『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』には、秋の紅葉の季節とともに、春の花の季節に、人々が飲食物をたずさえて筑波山に登り、歌垣(山遊び)をしたとある。これも花見の伝統につながる習俗であろう。
下中 弘 『世界大百科事典』平凡社( 1997年)
やがて花見は、平安時代になると貴族や武家の間で娯楽としてたのしまれるようになり、江戸時代に庶民へと広がりました。お酒やご馳走を用意して、花を見ながら飲み食いをし、歌い踊って騒ぐ。そこから現代の「花見」のかたちが定着していきました。
時代とともにかたちは変わっても、桜の開花を待ち望む人々の気持ちは、昔も今も変わらないのだなと思います。桜に願いを重ね、心をゆだねることで、春の心地よさが全身に広がっていく。四季とともに暮らす日本人の感性が、花見には詰まっているように感じます。
さて、この文章を書きながら花見を振り返ってみたのですが、ここ数年はバタバタしていて日中にゆっくりと花見をする時間がありませんでした。レジャーシートを敷いてお弁当を食べながら桜をたのしむ。そんな時間が欲しい...。でも、なかなかそうもいきません。
そんなときはたいてい夜に外へ繰り出して「夜桜」をたのしむようになりました。
暗がりの、ぼんやりしたところにうっすらとあらわれる桜の花。
ライトアップもいいけれど、私は月明かりに照らされた桜を眺めるのが好きです。人もまばらで、ゆっくりと向き合える時間。ときおり風が吹いて、さわさわと鳴る音も心地よくて、昼間の賑やかな余韻も感じながら、静けさと、もの寂しさも味わえる。目を瞑ると、暗がりに映える桜の残像が見えてくるようで、それもまた夜ならではのたのしみ方だなと思います。
抱えていることを頭の隅に置きながら、夜桜を眺めて歩いているとスッと溶け込むような瞬間があります。やさしく受け止めてもらったような、そんな感覚で。もしかしたら桜を待ちわびていた昔の人も、同じ気持ちだったのかもしれませんね。
今年もゆっくりと「夜桜」をたのしみたいと思います。

高根恭子
うつわ屋店主
神奈川県出身、2019年に奈良市へ移住。
好きな季節は、春。梅や桜が咲いて外を散歩するのが楽しくなることと、誕生日が3月なので、毎年春を迎えることがうれしくて待ち遠しいです。奈良県生駒市高山町で「暮らしとうつわのお店 草々」をやっています。好きなものは、うつわ集め、あんこ(特に豆大福!)です。畑で野菜を育てています。
