私たちの暮らしには、季節ごとに様々な年中行事が根づいています。民俗学的には、古来より日本では年中行事を通して、不思議な「ちから」を補ってきたと考えられています。今回は、関西学院大学社会学部教授・島村恭則先生に、7月のならわしについて、紐解いていただきました。
ケの日、ハレの日
昔の人は、人知を超えた不思議なちから、霊力が世の中には存在していて、それが「よいこと」をもたらしてくれると考えていました。霊力は毎日の生活の中で段々弱まってくると考えられ、年中行事やハレの日は、こうした霊力を補う機会としての役割を果たしてきました。
異界の存在に触れ、山に入って行ったり海に入って行ったりして、異界の霊力をもらうことで、ちからを充填し、日常に戻っていくのです。それは人間の認知的センス・思い込みとも言えるものですが、上手に活用することで、今を生きる私たちも、そこから日々の暮らし方や生き方のヒントを汲み取ることができます。
旧暦と年中行事
今では年中行事は新暦に合わせて行われることが多くなっていますが、本来は旧暦で考えた方が分かりやすいもの。それというのも、年中行事は月の満ち欠けに合わせて行われていたことが多かったからです。
穢れを祓う月
旧暦6月は、マイナスの霊力であるところの穢れを祓う月です。代表的な祭りとしてまず挙げられるのが、祇園祭。現在の祇園祭は華やかな山鉾巡行のイメージが強いですが、もともとは疫病退散を目的とする祭りでした。
旧暦6月は疫病が流行る季節であり、とくに6月15日の満月のころを中心に、各地で祇園系の祭りが行われることが多かったとされます。
素戔嗚尊と祇園祭
素戔嗚尊は天照大神の弟で、乱暴を働いて高天原を追放された神として知られています。しかし、ただ乱暴なだけではなく、八岐大蛇を退治するなど、非常に強大な力を持つ神でもあります。この点、疫病退散の神としても都合がよかったのでしょう。荒ぶる神だからこそ、災厄を打ち祓う力も持つと考えられたのです。
素戔嗚尊にまつわる有名な説話に、「蘇民将来(そみんしょうらい)」の話があります。旅人の姿をした神が一夜の宿を求めたところ、貧しいながらも親切な蘇民将来がこれを受け入れます。後にその旅人は素戔嗚尊だと名乗り、「疫病が流行ったときには、自分は蘇民将来の子孫だと示すしるしをつけていれば災いを免れる」と告げます。この説話により、「蘇民将来子孫也」と書いた札を掲げると疫病除けになるという信仰が広まりました。
なぜ説話で旅人が素戔嗚尊なのかというと、神話では素戔嗚尊が各地をさすらい、最終的に出雲へ落ち着いたとされるからです。放浪し各地に現れるという側面、暴れるほど強い力を持つという側面により、疫病を祓う神として期待されました。八坂神社はこの話を取り込み、都に疫病が入ってくるのを防ぐ神として、素戔嗚尊を祀るようになりました。
華やかなだけではない、神輿と山鉾
祇園祭には神輿や山鉾が登場しますが、本来は単なる華やかな見世物ではありませんでした。平安時代には、神輿が町を巡って穢れや災いを集め、それを海へ流すというような発想があったと考えられています。いわば、神輿は穢れを回収して運び去る装置のような役割を果たしていたのです。
また、山鉾は神が実際に乗るものというより、神を迎えに行くためのものだと考えられていました。素戔嗚尊、櫛稲田姫といった神々を迎えるための移動式の舞台のようなものとして用意されていたのです。
祇園祭は現在では華やかさに注目されがちですが、もともとは疫病を祓うための年中行事でした。その痕跡は今でも、茅の輪くぐりに残っています。祇園祭の最後の日に茅の輪をくぐり、厄を祓うのです。
ムケの朔日
6月の行事で重要なのは15日だけではありません。6月1日もまた、重要視された日でした。この日は「ムケの朔日」と呼ばれ、蛇が脱皮する日だという伝承が各地にあります。
脱皮するのは、蛇ばかりではありません。目には見えなくても、人間も同じように「脱皮」し、心身を新しくすると考えられました。ちょうど衣替えの日とも重なっており、古いものを脱ぎ捨て、新しい季節に向けて身を整える、象徴的な日だったのです。
山開きと富士塚
6月1日は、富士山の山開きの日でもありました。富士山は強い霊力を持つと考えられていましたが、誰もが実際に足を運べるわけではありません。
そこで江戸では、富士山の溶岩を運んできて「富士塚」を作り、この日に登っていました。そうすることで、本物の富士山の力を分けてもらうおうと考えていました。富士山から運んできた溶岩には、富士山の霊力が宿ると考えられていたのです。
氷の朔日と正月の力
6月1日は「氷の朔日」とも呼ばれました。氷室に保存しておいた氷を取り出し、暑くなるこの時期に宮中に献上しました。
また、長野県など寒冷地では、保存しておいた正月の餅を旧暦6月に食べると元気が出るというならわしもありました。正月の力を宿した食べ物を旧暦6月に食べることで、正月の力を取り込もうとしたのでしょう。
年中行事はたくさんあるので、全部やろうとすると大変ですけれど、一つでも好きな行事を選んで楽しんでみてはいかがでしょうか。きっと気持ちが豊かになります。ぜひ、自分で年中行事をデザインして、生き生きと暮らしてみてくださいね。
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島村恭則
民俗学者・関西学院大学社会学部長 教授
東京都杉並区生まれ。兵庫県西宮市在住。好きな季節は、沖縄の「うりずん」。3月下旬から4月下旬にかけての一年でもっとも爽やかな季節のこと。著書に『これからの時代を生き抜くための民俗学入門』(辰巳出版)、『昔話の民俗学入門』(創元社)などがある。
