料理人の庄本彩美です。本日は秋の豊かな実りを思わせる「柿」についてのお話です。
「庭のある家に住むなら、食べられる実が成る木を植えたい」
そんな願望がある。植えておけば、毎年季節の恵みを頂けるなんて、なんと贅沢な事だろうか。
しかし私は「但し、柿の木は除く…」という言葉がつい後に付いてくる。
田舎育ちの私には、柿はあまり心惹かれないのだ。
毎年、どっさりと実をつけてくれるのは大変有難いが、そのまま食べることしか知らなかった私は、秋の味覚を喜ぶのは最初だけだった。田舎の柿なので、甘くないものに当たることもある。
それに管理が大変そうだ。
思えば、近所の家の庭には、大体柿の木があった。
石垣から伸びた柿の木の下は、秋の通学路の危険ポイントだった。熟した柿が地面に落ちているからだ。踏んで学校へ行く訳には行かない。足元に気を取られ過ぎると、今度は熟れた柿が上からボトッと降ってくることもある。
「地味で、片付けも大変そうな柿の木を植えるより、他にもっと美味しい果物は沢山あるじゃないか。ブルーベリーやサクランボとかオシャレだよね」
そんな事を思っていた。
とは言え、どうして昔の日本の家の風景には、柿の木があるのだろうか?
ふと不思議に思い調べてみると、秋の果物や、保存の効く干し柿として重宝されるだけでなく、柿渋として塗料や染料、万能民間薬など、柿の木は様々な生活用途となる便利な存在であった事が分かった。
なるほど、それで日本の生活に根付いていたのか…。と納得してパソコンを閉じようとしたところ、「木守柿」という言葉が目に留まった。
「柿の木は全部取らずに、残すもの」とし、熟した柿を全部収穫せず、あえて一つ二つ枝先に残しておく慣わしの事だ。
これは「なり木の木守り」または木守柿、子守柿といい、季語にもなっている。
来年の豊作を祈ったり、これから食べ物の少なくなる冬に、野山の鳥たちのために残しておく為だとして伝えられているそうだ。
この風習は、昔の人が身近な柿の木を「霊木」として関わっていたことに始まるらしい。
ある地域では、亡くなった人の魂は柿の木に降りて帰ってくるといわれるように、柿の木はあの世とこの世を結び、人間の魂と共鳴する魂を持つ木だと考えられていたという。
また果実というものを、その木が一年のうちに実らせた魂が具現化したものだと捉え、その魂の宿る木として存続するために、残しておいたともいわれる。
鳥は天界と通じ、神は貧しい人の姿をして現れるとも考えられていたので、柿をとられても、収穫をもたらしてくれた自然神、田の神に「返す」ということになり、翌年以降の豊作を祈願する行為として信じられてきたんだそう。
これを知った時、柿は地味だと決めつけ、一方的に自然の恵みを頂こうとしていた自分がいたことに気がついた。
さらにKAKIという言葉は万国共通で、学名を〔ディオスピロス・カキ〕といい、"神から与えられた食べ物"という意味があるそう。
柿の木が寺社の境内にあったからという説があるが、もしかしたら、日本の人々が「いのち」と向き合ってきた姿勢も映し出されているのかもしれないなと、ふと思ったのだった。
まだ柿の季節は始まったばかりだが、色とりどりの美しい柿の葉が徐々に落ち始めた。
空気がもう少しキリッと冷たくなる頃、青空に残る「木守柿」を探してみようと思う。足元と頭上に注意することを忘れないようにしながら。
庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
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