食卓に秋を告げてくれる食材の一つ、松茸。
アカマツの林に生える松茸の旬は、初秋から晩秋にかけてです。今年の夏は殊更暑かった上に、まだまだ日中は残暑も厳しいですが、せめて食事の中に秋の風を感じたいものですね。

「香り松茸、味しめじ」と言われるように、キノコの中でも松茸は特に香りの良さが好まれてきました。それは日本人の古くからの感性らしく、山の峰に松茸が傘を立ててたくさん生えている様子を見て、なんて秋の香りの良いことでしょうと歌った詩が『万葉集』に詠まれています。
縄文時代の遺跡からは、キノコの形を模した土製品も見つかっていますから、もっとずっと昔から日本人は松茸に親しんでいたのかもしれません。

平安時代後期の歌人・源俊頼の『散木奇歌集(さんぼくきかしゅう)』には、焼き松茸が登場し、贈り物として松茸を用いたことなどが記され、当時の日本人と松茸の関係性が垣間見えます。この頃から、貴族たちは秋になると近くの山々で松茸狩りを楽しみ、秋の味覚を味わっていたのでしょう。
そうした風習は江戸時代になると庶民にまで広がり、特に関西では、秋の行楽の一つとして、松茸狩りに勤しんだようです。江戸時代の『摂津名所図会』には、現在の大阪府高槻市の山で松茸狩りを楽しむ人々の様子が描かれ、そこには鍋も登場しています。現地で松茸を煮炊きして味わったのでしょうか。なんとも贅沢な山遊びです。

9月9日は重陽の節供です。江戸時代後期の大坂(大阪)では、節供前の2、3日は、天満に松茸市が立ち、たくさんの提灯に照らされた夜市が賑わっていました。
松茸は、大阪では重陽の節供の行事食に欠かせないものだったようで、当時の文献には、「烹物には必ず松茸を用い、魚類は鱧を用いる」のが通例だと記されています。今では高級食材の松茸ですが、江戸時代にはもっと身近な秋の味覚だったのかもしれません。

松茸は、若いものから順に、傘が固く閉じたものを「ころ」、もう少し伸びたふくらみかけのものを「つぼみ」、傘が開き始めたものを「中開き」、開き切ったものを「ひらき」などと呼んで区別します。傘が開いたものの方が香りが強く、松茸ご飯に向くとされます。
しかし、近年は松林の放置や虫害によって国産の松茸が採れなくなり、大変貴重なものになってしまいました。現在、国内では長野県や岩手県など、冷涼な気候の地域が主な産地です。とはいえ、やはり古くから松茸文化の中心だったのは京都で、今でも秋には松茸を味わう習慣が続いています。

人工栽培ができない松茸を自然に生えてくるように促すためには、松林の手入れが必須です。風通しが良く乾燥していて、栄養のない痩せた土地を好むため、落ち葉や雑草が貯まらないように取り除くなどして、松茸に合った環境を整えないといけません。
京都の産地では、そうした努力の結果、現在も、丹波地域の「丹波松茸」や山城地域の「山城松茸」が生産されており、希少価値の高い国産松茸として、美食家たちの舌を唸らせています。
国産松茸は高級食材ですから、普段の食卓に取り入れるのはなかなか難しいかもしれません。スーパーでは比較的安価な輸入松茸が手に入りますので、秋らしい松茸ご飯を炊いてみてはいかがでしょうか。

清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
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