こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
私が鳥を見にいく場所のひとつに、東京・上野の不忍池があります。上野動物園や国立科学博物館、国立西洋美術館などがある上野公園の一角にあり、大都会のど真ん中にあるにもかかわらず、多くの鳥を見ることができる23区内でも屈指の探鳥地です。とくに冬になると、越冬のために多くのカモ類やカモメ類が集まり、私もシーズン中に何度か足を運ぶのが恒例になっています。
今回紹介するキンクロハジロは、その不忍池でもっとも数の多いカモ類で、先日訪ねた際には、ざっと数えて100羽ほどが池の水面に浮かんでいました。
キンクロハジロは、全長40cmの中型のカモ類です。ただし、この数値は首を伸ばした状態で嘴の先から尾羽の先までを計測したもの。実際には首を縮めていることが多く、見た目はずっと小さく感じられます。公園の池で普通に見られますが、湖や沼、川、内湾など、水辺であればかなり幅広く姿を現す、なかなかの適応力の持ち主です。
ユーラシア大陸に広く分布するこのカモは、日本には秋になると越冬のために渡ってくる冬鳥です。足輪による調査結果を見ると、日本で越冬する個体の繁殖地は、サハリンやカムチャツカ、さらには極東ロシアの北極海に近い地域まで、想像以上に広範囲にわたっています。どうやら、かなりあちこちから日本を目指してやって来ているようです。北海道でごく少数が繁殖した記録もありますが、現在も同じ状況なのか、詳しいことはわかっていません。
キンクロハジロという名前も、なかなかユニークです。漢字では「金黒羽白」と書きます。金・黒・白の三色がそろった名前で、金は目の色、黒は体の色と、すぐに納得できます。では「羽白」とは何かというと、翼にある白い帯模様のこと。水面に浮かんでいるときは翼がたたまれているため分かりませんが、飛び立って翼を広げると、帯状の白がはっきり見えます。
一方、メスは全体に黒褐色で、オスに見られる脇腹の白い部分がありません。そのため雌雄の区別は比較的簡単です。ただし、オスの幼鳥はメスによく似ているため、識別に迷うこともあり、カモの見分けの奥深さをあらためて感じさせられます。
キンクロハジロの特徴で、忘れてはならないのが頭にある冠羽(かんう)と呼ばれる飾り羽です。冠羽は雌雄ともにありますが、オスのほうが羽毛が長い傾向があります。私はこの冠羽を見るたびに、どうしても寝ぐせのついた髪の毛を連想してしまい、思わず笑みがこぼれます。春一番の強い風で揺れる様子は、なかなか見ていて楽しいものです。ちなみに我が家では、朝の寝ぐせを「キンクロハジロになっているよ」と表現するのですが、鳥仲間に聞いてみると、似たような呼び方をしている家が多いようです。どうやらこれは、バードウォッチャー界隈の静かな共通語みたいです。
公園の池で出会うキンクロハジロは、たいていが嘴を背中の羽毛に差し込んで休んでいます。嘴には羽毛がはえていないため、寒さを避けているんでしょう。人間でいえば、さながら寒い日に手をポケットに入れているのと同じ感覚なのかもしれません。
しかし、この休んで寝ているように見えるキンクロハジロ。じつは目はしっかりと見開いています。つまり、寝ているようで起きているんです。いくら安全そうに見える公園の池でも、いつタカが襲ってくるかわかりませんからね。さらにもう一つ、寝ていられない理由があります。それは、エサをくれる人が現れるかもしれないから。うっかり熟睡をしてしまったら、おやつをもらえるチャンスを逃してしまうかもしれません。だから、なかなか気を抜いて眠るわけにはいかないのです。
カモには、潜水が得意な種類と、あまり得意でない種類がいますが、キンクロハジロは典型的な潜水得意タイプ。頻繁に潜水を繰り返し、水底にいる貝や甲殻類、水生昆虫、小魚などを捕食します。こうした潜水型のカモは、脚が体の後ろのほうについているのが特徴です。船のスクリューが船尾についているのと同じで、その方が効率よく水をかいて進めるのです。
ただし、その構造のため、陸に上がると体が起き上がった姿勢になり、歩くのは少し苦手そうに見えます。水中ではスマート、陸ではちょっと不器用。「あちらを立てればこちらが立たず」というのは、どうやら鳥の世界でも同じなんですね。
写真提供:柴田佳秀

柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
