こんにちは。俳人の森乃おとです。
6月は花嫁の季節。この頃になると可憐に花開くのがギンバイカ(銀梅花)です。糸のような雄しべがウェディングドレスのレースを思わせ、甘い香りを放ちます。英名はマートル(Myrtle)。結婚式の飾りやブーケなどに多く使われ、「祝いの木」とも呼ばれます。
美神に捧げる聖なる「香る植物」
ギンバイカはフトモモ科ギンバイカ属の常緑低木。地中海沿岸地域原産で、日本には明治時代に渡来。梅に似た純白の花を咲かせることから、漢字表記は「銀梅花」。読みは同じで「銀盃花」とも。
葉は長さ2.5~5㎝の卵形で光沢があり、枝から対になって密生。丸みを帯びた樹形となり、樹高1.5〜3mほどに成長します。葉や枝には精油成分が含まれ、揉むとユーカリを思わせるピリッとした爽やかな芳香を漂わせます。
花期は5~7月、直径2㎝ほどの五弁花を上向きに多く咲かせ、やはりよい匂いがします。特徴は、多数の糸状の細長い雄しべが花弁の外側へ突きだし、清楚な花を飾ること。花の後に実る果実はブルーベリーに似た液果で、晩秋に黒紫色に熟します。苦みがありますが、生食もできます。
学名はMyrtus communis(ミルタス・コミュニス)。属名のミルタスは古代ギリシア語で「香る植物」を意味し、香油や香料に使われたことから。種小名のコミュニスは「代表的な」の意です。
古代ギリシアでは、ギンバイカは愛と美の女神アフロディテに捧げる神聖な植物。その神殿の周囲には、森になるほど多くのギンバイカが植えられていたそうです。また、またその常緑性が不死と復活を象徴することから、ギリシアからの移民は船旅に必ずギンバイカを携行し、古い季節が終わり、新たな季節が一巡することを祈ったといいます。
英国王室とギンバイカ
ギンバイカは、ローズマリーやゲッケイジュ(月桂樹)などと並び、古くから優れた薬用・有用植物として重宝されてきました。乾燥させた花や葉はポプリやスパイスの材料となり、枝は肉料理の香り付けに使われます。原産地の地中海沿岸地域では、果実や葉を用いてつくるミルト(Mirto)というリキュールが、よく知られています。
ある伝承によると、旧約聖書で楽園追放されたアダムとイブは、3つのものを携えることを許されました。それは、果物の王である「ナツメヤシ」(デーツとも)。穀物の王「コムギ」。芳しい香りを放つ花の王としての「ギンバイカ」でした。
ギンバイカは古来、祭や儀式などに使われてきましたが、ヨーロッパでは今も、結婚式には欠かせない植物の一つとされています。英国王室では、1840年のビクトリア女王ご成婚の際に贈られたギンバイカが現在でも受け継がれ、ウェディングブーケの中にはその一枝を入れることが伝統となっています。
花言葉は「祝福」「愛のささやき」
ギンバイカといえば思い浮かぶのは、有名な『ミニヨンの歌』。出典は、ドイツの誇る文豪、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749~1832年)の長編教養小説、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』です。
その中に、薄幸の少女ミニヨンが、弦楽器の1種(ツィター)を弾きながら、故国イタリアと愛する主人公ヴィルヘルムを思って歌うシーンがあります。訳詩が紹介された明治時代以来、日本でも広く愛誦されました。
「レモンの花」や「オレンジ」、「月桂樹」と並び、「銀梅花」は、地中海沿岸地域にある南国への憧れを象徴します。ミニヨンは続けて「あなたと一緒に行きたいのです。かなたにあるあの国へ。愛しいあなた」と、主人公に呼びかけます。
さて、ギンバイカの花言葉は「祝福」と「愛のささやき」。ミニヨンの愛のささやきは、成就することなく悲劇に終わります。けれど、ギンバイカのように清楚で可憐な少女の面影は、まるで祝福のように香り高く人々の記憶に残り続けていくことでしょう。
ギンバイカ(銀梅花)
学名: Myrtus communis
英名:Myrtle
フトモモ科ギンバイカ属の常緑低木で、地中海沿岸地域原産。英名はマートル(Myrtle)。5~7月、径2㎝ほどの五弁花を上向きに多く咲かせる。花や葉、枝に芳香があり、香油や香料になる。ヨーロッパでは結婚式には欠かせない花の一つ。別名に「祝いの木」。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
