真夏の食卓に欠かせない西瓜(スイカ)。包丁を入れた瞬間のみずみずしい音や、ひんやりと甘い果汁は、日本の夏を象徴する風景です。しかし、実は西瓜が日本へやって来たのは、それほど古いことではありません。今回は、西瓜の歴史をたどりながら、江戸時代の人々の楽しみ方や、今も受け継がれる日本ならではの在来品種をご紹介します。
江戸時代に広まった夏のごちそう
西瓜の原産地はアフリカと考えられています。長らく南部のカラハリ砂漠周辺が起源とされてきましたが、近年の研究では、スーダンなど北東部を起源とする説も有力になっています。古代エジプトではすでに栽培され、シルクロードを経て中国へ伝わりました。「西瓜」という漢字は、「西の方から伝わった瓜」という意味を表しています。
日本への伝来については諸説ありますが、江戸時代初期には栽培されていたことが確実で、『農業全書』(1697)にも品種や栽培法が記されています。一方で、室町時代の史料にも「西瓜」の記述が見つかっており、それ以前に渡来していた可能性も指摘されています。
当初は九州など西日本で栽培され、やがて江戸にも広まりました。暑い季節に水分をたっぷり含んだ西瓜は、人々にとって何よりの涼味だったのでしょう。
江戸の人々は皮も種も味わった
現代では果肉だけを食べることが多い西瓜ですが、江戸時代には余すところなく利用されていました。
果肉はもちろん、白い果皮は煮物や漬物に、種は炒って食べることもあったと記されています。「捨てるところが一つもない」とまで書かれている資料もあり、食材を大切に使い切る知恵がうかがえます。
また、当時の浮世絵には、西瓜を売る店や縁台で味わう人々の姿も描かれています。冷蔵庫のない時代、人々は井戸水で冷やした西瓜を囲み、夕涼みを楽しみながら夏のひとときを過ごしていました。西瓜は単なる果物ではなく、夏の暮らしを彩る風物詩でもあったのです。
受け継がれる日本の伝統品種
現在、日本には数多くの西瓜がありますが、その背景には長い品種改良の歴史があります。明治以降には海外の品種も導入されましたが、在来系統をもとに育まれた品種も各地に残されています。
奈良県の「大和西瓜」は、日本の西瓜育種に大きな影響を与えた品種として知られています。また、新潟県の「八色西瓜」、熊本県の「植木すいか」、千葉県の「富里すいか」など、それぞれの土地の気候や土壌を生かした産地も全国に広がっています。
真っ赤な果肉、黄色い果肉、小玉や大玉、見た目も味わいもさまざまですが、その一つひとつに土地の風土と人々の工夫が息づいています。
暑さが続くこの季節。ひと切れの西瓜を口に運ぶとき、その甘さの向こうに、遠い異国から海を渡り、日本の夏に根づいた長い歴史を思い浮かべてみるのも素敵ですね。

清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
