10月2日は「とう(10)ふ(2)」の語呂合わせから、豆腐の日と定められています。四季を通じて食卓に寄り添い続けてきた豆腐ですが、その歩みをたどると、精進料理の教えから江戸の遊び心あふれる百珍本まで、時代とともに姿を変えながら愛されてきたことが見えてきます。今回は豆腐の日をきっかけに、その奥深い歴史をひもといてみましょう。
仏教とともに渡ってきた豆腐
豆腐の起源は中国とされ、日本へは奈良から平安時代にかけて、禅僧らの往来を通じて伝わったと考えられています。当初は貴重な食材として寺院を中心に扱われ、殺生を戒める仏教の考えに基づく精進料理の中で、肉や魚に代わる大切なたんぱく源として重宝されました。
大豆をすりつぶして煮出し、にがりで固めるという素朴な製法ながら、淡白な味わいゆえにどんな味付けにもなじみ、白和えや田楽など、精進料理の献立に欠かせない存在となっていきます。やがて寺院から公家、武家へと広まり、室町時代には庶民の暮らしにも少しずつ浸透し、全国に広まっていきました。
江戸の食卓を沸かせた『豆腐百珍』
豆腐が庶民の食材として定着した江戸時代、天明2年(1782年)に刊行された『豆腐百珍』が大きな話題を呼びます。醒狂道人何必醇という号の文人がまとめたこの書物は、豆腐料理100品を日常的な「尋常品」から最も優れた「絶品」まで六段階に格付けし、木の芽田楽や光悦豆腐といった趣向を凝らした一品ごとに、調理法やその由来まで添えて紹介するという、遊び心に満ちた一冊でした。
この書籍は評判が高く、大変な人気となり、翌年には続編も刊行されました。その後は、大根や卵など他の食材を主役にした百珍シリーズが次々と生まれ、「百珍もの」の一大ブームの先駆けとなったのです。
時代を越えて愛される、豆腐という存在
明治以降も豆腐は各地で独自の発展を遂げ、絹ごしや木綿、地域ごとの寄せ豆腐など、多彩な顔を持つようになりました。冬には湯豆腐で身体を温め、夏には冷奴で涼をとる。そんな季節ごとの楽しみ方が根づいているのも、豆腐ならではの魅力です。近年ではそのヘルシーさが健康食材として見直され、海外でも”TOFU”として親しまれるようになりました。
精進料理の一皿から江戸の遊び心あふれる百珍本、そして現代の食卓まで、豆腐は時代ごとの人々の好みを映す鏡であり続けてきました。10月2日には、そんな豆腐の長い旅路に、ひとさじの感謝を添えてみてはいかがでしょうか。

清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
