私たちの暮らしには、季節ごとに様々な年中行事が根づいています。民俗学的には、古来より日本では年中行事を通して、不思議な「ちから」を補ってきたと考えられています。今回は、関西学院大学社会学部教授・島村恭則先生に、4月のならわしについて、紐解いていただきました。
ケの日、ハレの日
昔の人は、人知を超えた不思議なちから、霊力が世の中には存在していて、それが「よいこと」をもたらしてくれると考えていました。霊力は毎日の生活の中で段々弱まってくると考えられ、年中行事やハレの日は、こうした霊力を補う機会としての役割を果たしてきました。
異界の存在に触れ、山に入っていったり海に入って行ったりして、異界の霊力をもらうことで、ちからを充填し、日常に戻っていくのです。それは人間の認知的センス・思い込みとも言えるものですが、上手に活用することで、今を生きる私たちも、そこから日々の暮らし方や生き方のヒントを汲み取ることができます。
旧暦と年中行事
今では年中行事は新暦に合わせて行われることが多くなっていますが、本来は旧暦で考えた方が分かりやすいものです。ひな祭りも本来は旧暦に合わせて行われていたもので、新暦でいうと今年は、4月19日にあたります。
それというのも、年中行事は月の満ち欠けに合わせて行われていたことが多かったから。ひな祭りに潮干狩りが行われるのも、大潮だから潮干狩りができるのです。
ひな飾りのはじまりは人形
中国では既に人形(ひとがた)に穢れを移して川に流す風習があり、日本でも群馬や鳥取などで流し雛が行われていました。この風習は紙から始まり、やがて顔を書いて遊ぶようになり、お雛様の原形に発展します。
「雛」はもともと「小さい模型」という意味で、書類の見本としての「雛形」と同じ語源です。小さなものは人間にとって「可愛い」と感じやすく、保護したり育てようとする本能が働きます。
当初、雛人形は災厄を流すためのものでしたが、立体的なお雛様へと進化し、飾るものとなりました。江戸時代になると、飾る・販売する商習慣が広まり、現在の雛人形の形になりました。
ひな祭りはなぜ女の子の日に?
この時期、女性たちは田植え前に自然の霊力を分けてもらう役割を担い、山登りや山籠りを行いました。主役が女性だったのは、神を祀るのが女性だったから。3月3日がスタート地点で、そこから山にこもっていたこともあれば、その日だけ籠ることもありました。
田んぼの神が目に見えない存在であるため、石や祠で可視化されることもありました。行事は主に女性が担い、共同で食事を作りおひな粥などを分かち合う風習も、もともとは神事だった名残と考えられます。山から持ち帰る花には、生命の力が宿ると考えられていました。
海のちからを持ち帰る潮干狩り
ひな祭りには、「浜降り」と言って、海に充満する霊力を持ち帰ることもありました。
本来、潮干狩りはただの娯楽ではなく、海水に触れて霊力を受け取る宗教的な意味合いがありましたが、次第にその意味が薄れ、レジャー化していきました。旧暦3月3日は春の大潮にあたり、潮干狩りに最適な時期となります。
年中行事はたくさんあるので、全部やろうとすると大変ですけれど、一つでも好きな行事を選んで楽しんでみてはいかがでしょうか。選ばなくても良いけれど、どれを選ぶか、というところに文化があり、気持ちが豊かになります。ぜひ、自分で年中行事をデザインして、生き生きと暮らしてみてくださいね。
身近な現象から、民俗学の面白さに迫る
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そのヒントは、民俗学にありました。民俗学の知識を使って、ネット上の美談からLGBTQIA+まで、現在の世の中の各所に潜むいろいろな疑問や話題を取り上げ、豊富な図解とともにわかりやすく解説します。民俗学は現代社会でも使える、生きた学問でした。

島村恭則
民俗学者・関西学院大学社会学部長 教授
東京都杉並区生まれ。兵庫県西宮市在住。好きな季節は、沖縄の「うりずん」。3月下旬から4月下旬にかけての一年でもっとも爽やかな季節のこと。著書に『これからの時代を生き抜くための民俗学入門』(辰巳出版)、『昔話の民俗学入門』(創元社)などがある。
