6月も末に近づくと、橙色に染まった小さな実が果物店の棚に並びます。1年のうちのほんの2、3週間しか顔を見せない杏は、夏の始まりを告げるフルーツです。生のままかじれば、さわやかな酸味と甘みがひとつになって口に広がります。古くは薬として大切にされてきた杏が、どのような歴史をたどって食卓にのぼるようになったのか、ひもといてみましょう。
唐の桃から、杏へ
杏の原産地は中央アジアから中国北部にかけての山岳地帯で、中国では紀元前から種の中の「杏仁」を薬として利用してきた植物です。日本への渡来は古く、平安時代918年成立の『本草和名』や『和名類聚抄』には「唐桃(カラモモ)」の名で記されています。当初は実を食べるためではなく、咳止めや去痰に用いる漢方の生薬を得るために育てられていました。「唐桃」から「あんず」と呼ばれるようになるのは江戸時代のこと。食用として広く親しまれるようになったのは、明治以降のことだといわれています。
信州に根づいた、300年の歴史
日本有数の産地として知られる長野県千曲市。この地に杏が伝わったのは、諸説ありますが、江戸時代前期の元禄のころとされています。冷涼な気候と水はけのよい土壌が杏の栽培に適しており、さらには松代藩が栽培を奨励したことで地域へと根づいていきました。以来300年以上にわたって、この地の人々の暮らしを支えてきました。
春には「一目十万本」とも称される花の景色が広がり、6月下旬には実の収穫が始まります。市場に出回るのは、そこから7月中旬のほんの短い期間。その潔いほどの短さも、杏の愛される理由のひとつです。
甘酸っぱい手仕事、ジャムと干し杏
杏は傷みやすく、熟した実はすぐに収穫しなければ、木から落ちてしまうのだとか。収穫後、間をおかずに加工するのが産地のならいです。完熟した実で作ったジャムは、鮮やかな橙色と、果物本来の風味が凝縮された、濃厚な味わい。瓶に詰めたジャムひとつひとつに、短い旬の記憶が閉じ込められているようです。天日でじっくりと乾かした「干し杏」も、甘酸っぱさが後を引く、滋味深い一品。そのままいただくのはもちろん、お茶受けにも喜ばれます。
季節の短さを惜しみながら、今年もひと瓶、仕込んでみませんか。

清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
