染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…。日本では様々な美しい色の名前がつけられてきました。今回は、その中から「黄檗色(きはだいろ)」をご紹介いたします。
ミカン科の落葉高木である黄檗(きはだ)の樹皮の内側に黄色いコルク層があるのですが、その部分を中国や日本では胃腸薬や染料として使ってきました。コルク層を細かく砕いて煎じ、濾(こ)したもので染めると鮮やかな黄色に染まり、その色を「黄檗色」と名付けられました。
布や糸ももちろん染まるのですが、古い時代から紙の染色に用いられることが多かったようです。奈良薬師寺伝来の「魚養経(ぎょようきょう)」(大般若経)をはじめ、多くの経典が黄檗で染められていて、『正倉院文書』にも黄紙、黄染紙、黄麻紙などの記述がみられ、200万枚を超える枚数が記録されているそうです。
奈良時代、以前譲位し、再び764年に即位した称徳天皇が、国家安泰を願って「百万塔陀羅尼経(ひゃくまんとうだらに)」を制作するよう発願しています。小さな木製の三重塔を百万基作らせ、法隆寺や東大寺など当時の十大寺に分置されました。塔の中には、木版または銅版で陀羅尼経が刷られたとみられる縦約5㎝、横30㎝位前後の麻紙が巻かれて入れられています。世界最古の印刷物とも言われていますが、この麻紙も黄檗で染められているそうです。
その当時大変貴重であった紙を守るために、防虫効果がある黄檗を煎じた液体で紙を染めていたと考えられています。また鮮やかな黄色には、文字の墨色との相性もよく美しさを引き立てあったのでしょう。染司よしおかでも黄檗を用い、写経用紙やお寺や神社にお供えする造花を作る紙を染めているのですが、その際は蟻(アリ)などの虫が逃げていく様子が見られます。
先日、この黄檗を使い胃腸薬を作っておられる製薬会社の方から、山間に植林された黄檗の木を伐採し、皮をむくのでその様子を見にきませんか?とお誘いを頂きました。工房の中にも、祖父である四代目が植えた木があるので、黄檗は身近な存在ではありましたが、伐採や皮むきを直接拝見する機会はなかなかありませんので楽しみに伺いました。
6月に木を伐採するのは、梅雨時期に樹皮の内側の黄色の色素を含んだコルク層が水を含み、むきやすいからだそうです。実際に木を切るところを拝見し、その後むきやすい長さに切った樹木から、コルク層をむく体験もさせて頂きました。外皮をむいた後に、コルク層に刀を入れて少しずつむいていくのですが、気持ちの良い手ごたえと、心地よい音ともに、スルンと取ることができました。
むいた部分を少し手に取り舐めてみたところ、非常に苦みがありました。薬名としては黄檗と書いてオウバクといい、この苦みを口にすることで、胃や腸を整えることができるのだそうです。黄檗の黄色は蛍光する成分も含んでいるのですが、むいたコルク層も何とも鮮烈な澄んだ黄色でした。
吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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