染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…日本では様々な美しい色の名前がつけられてきました。今回は、「若菜色(わかないろ)」についてご紹介致します。
古来、日本では新春に芽を出した若菜を摘み取るという習慣がありました。
『万葉集』には巻頭歌である雄略天皇の長歌
籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます子 家告らせ 名告らさね …(略)
や、山部赤人の歌
明日よりは 春菜摘まむと標めし野に 昨日も今日も雪は降りつつ
に、若菜(春菜)を摘むことが詠まれた歌が遺されています。
平安時代に入ると、正月初めの子の日に、貴族たちが若松の根を引く小松引きや、若菜摘みなどの野遊びが行われていました。
君がため春の野に出でて若菜摘む 我が衣手に雪は降りつつ
『古今和歌集』に遺されているこの歌は、光孝天皇が即位する前の親王だった頃に、摘んだ若菜と共に大切な方へ贈ったと言われています。
この頃は旧暦ですので、丁度今頃のまだ雪が残るような時期でありながら、少しずつ春の兆しが感じられる季節の歌でしょうか。
また『源氏物語』「若菜」は光源氏の人生のピークを描いている54帖の中でもっとも長い巻なのですが、光源氏の40歳のお祝いに玉鬘が若菜を献上したことからその名がつけられています。年齢を重ね子供を産み、落ち着いた雰囲気となった玉鬘は
若葉さす野辺の小松を引き連れてもとの岩根を祈る今日かな
と歌を詠み、若葉を少しだけ盛って差し出します。光源氏は、
小松原末の齢に引かれてや野辺の若菜も年を摘むべき
と詠み交わします。
平安時代の宮中では、若菜摘みをした後、羹(あつもの)という温めた吸い物にして若菜のもつ生命力を口にすることによって邪気を払い、無病息災を願っていました。現在の七草粥もこうした貴族の習わしが、やがてお粥と形を変えてあらゆる身分の方にも広まったと言われています。
その若菜の色は、芽生えたばかりの菜の色をあらわす柔らかな淡い緑色と考え、色見本は蓼藍の葉を発酵させず、刈り取った後に葉の部分だけ刻み、酢水にいれて揉み出した生葉染の技法で、透明感のある淡い藍に染めた後に、黄檗から抽出した黄色を染め重ねています。若草色より淡く、若苗色よりやや黄味が強めの印象に染めています。
自然界には沢山の緑があり、春を迎えると木々や葉が芽吹き、季節が進むにつれてその彩を濃くし、少しずつ変化しています。その細やかな移り変わる色の特徴を捉えて、若菜色、若草色、若苗色、柳色、萌黄色、様々な名を付け、楽しみ、衣装の色としていたのは平安時代で、その当時の貴族の色彩感覚は素晴らしいと感じますし、冬は常緑樹の松や竹などの濃緑のみとなりますので、当時は春の到来である新緑の美しさをとても楽しみに、そして大切にお暮しになっていたと想像しています。
まだもう少し寒さが続きそうですが、そろそろ芽吹き出す新緑の美しさがみられるのを楽しみにしています。
写真提供:紫紅社
3月29日(日)までパラミタミュージアムにて展覧会「日本の色 染司よしおか 吉岡更紗の仕事」が開催されます。
会期:2026年 2月7日(土) ~ 2026年 3月29日(日) 9:30〜17:30(入館は17:00まで)
会場:パラミタミュージアム
交通:
●東名阪「四日市IC」より湯の山方面へ約6.5km
●新名神「菰野IC」より約4km
●近鉄「四日市駅」より近鉄湯の山線にて約25分「大羽根園駅」下車、湯の山温泉方面へ300m
※駐車場:無料(普通車 100 台、大型バス駐車可)

吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
