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日本の色/楝色おうちいろ

にっぽんのいろ 2026.05.24

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染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…日本では様々な美しい色の名前がつけられてきました。今回は、「楝色(おうちいろ)」についてご紹介致します。

「風薫る」という季語の通り、5月は花の香りを運び、若葉の緑が更に冴え、心地よい初夏の風に乗って、という爽やかな季節です。今年は中旬から真夏のような暑さの日もありましたが、日に日に色濃くなる若葉が風に揺れる姿は美しいものです。
朝の通勤時間に、観月橋という宇治川にかかる大きな橋を渡るのですが、その両岸に、楝(おうち)の木がいくつか植えられています。

楝の木 写真提供:吉岡更紗

楝は栴檀(せんだん)の古名で、この季節に淡い紫色をした小さな花がいくつも重なるように咲き、もこもことした愛らしい形を成しています。藤の花よりやや淡い紫に見える花は、花びらの表が白で裏が紫色をしているのだそうで、瑞々しい葉の緑と重なる紫の色合いも素敵です。

楝の花 写真提供:吉岡更紗

『枕草子』三十七段には「木のさま憎げなれど、楝の花いとをかし。枯れ枯れにさまことに咲きて、必ず五月五日のあふもをかし」と、書かれています。著者である清少納言の過ごした平安時代は旧暦で過ごしていましたので、細かくついた花の蕾は、咲いては枯れ、咲いては枯れを繰り返し、旧暦の5月5日頃には、必ず咲いている美しい花、と考えられていたのでしょう。今年の旧暦5月5日は新暦の6月19日とのことなので、それまでこの楝の花色を楽しむことができそうです。

楝色 写真提供:紫紅社

楝色については、『源氏物語』第25帖「蛍」の帖で登場します。光源氏と、ゆかりある女性たちが住まう六条院の北東に設けられた馬場で旧暦の5月5日に騎射の催しがあり、大勢の人たちが見物に来ていました。女君たちは几帳の内側からその様子を見ているのですが、そのお世話をする童女たちの衣装について描かれています。

楝の裾濃の裳 写真提供:紫紅社

光源氏に引き取られた玉鬘(たまかずら)の住まいには紫のぼかし染がされた几帳があり、そこを行き来する童女は「菖蒲襲の衵(あこめ)、二藍の薄物の汗衫(かざみ)」を着ていて、下仕えの女の子は「楝の裾濃(すそご)の裳、撫子の若葉の色したる唐衣、今日のよそひどもなり」と、葉の緑と紫の花々の美しい端午の節句にふさわしい装いをしています。「裾濃」とは、上側は淡く、裾にいくほど濃く染色されたグラデーションのような染め方のことをいいます。

平安時代は、端午の節句に騎射を行いますが、5月5日は元々は宮中行事として飛鳥時代にはじまった薬狩りをする日でした。男性は鹿の角などを狩りに行き、女性は薬草を摘み、梅雨や夏を迎えて疫病が流行らないように、邪気を払い健康をもたらすように願いました。今も5月5日に神社などで流鏑馬などが行われていますが、それは誰が一番に鹿を仕留められるかを競っていたことが起源とされています。
また摘み取った薬草は、邪気を払うために赤く染められた袋に入れて、菖蒲や蓬などの植物を添え、五色の糸を垂らした「薬玉(くすだま)」にして御簾や柱にかけて、旧暦の端午の節句から9月9日の重陽の節句まで飾っていました。「蛍」の帖でも光源氏が玉鬘の部屋を訪ねると、やはり端午の節句らしく薬玉が飾られていると書かれています。

薬玉 写真提供:紫紅社

楝の木も焚くと香気が漂い、虫除けの効果もあると言われていて、花も薬草として薬玉の袋に詰められていました。また端午の節句に食べられる粽は笹や茅で巻かれていますが元々は楝の葉で包まれ、やはり邪気を払うために用いられていたようです。

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吉岡更紗

染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。

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