色から見る平安時代と『源氏物語』
2024年の大河ドラマ「光る君へ」の主人公である紫式部が創作した『源氏物語』。今から千年以上前に書かれた物語の中では、雅な伝統色が人々の衣を彩り、景色を華やかなものにしてきました。それらの色を紐解いていくと、当時の思惑や時代背景まで見えてきます。このページでは、染織家の吉岡更紗さんに、色から見る平安時代と『源氏物語』をお話いただきました。
染織家の吉岡更紗です。大河ドラマ「光る君へ」は12月15日最終回を迎ました。第46回では刀伊の入寇、最終回では道長の死後、東国で反乱が起こっている(平忠常の乱)という状況が描かれ、平安な世の終焉を彷彿とさせるラストシーンとなりました。『源氏物語』や『枕草子』などの古典が生まれた背景には、天皇家と藤原氏の摂関政治があり、雅で美しい文化や芸術が生まれたのも、争いごとのない平安の世であったからこそ、と感じます。
さて、前回は『源氏物語』「玉鬘」の衣配りについてお伝えしておりましたが、今回はその補足と続きを記したいと思います。この帖で、光源氏は筑紫で育った玉鬘を六条院に引き取りました。父母譲りの美しい容姿ではあるものの、都育ちではない彼女がより洗練されるように、光源氏はいくつかの衣装を贈ります。丁度年の暮れを迎えていたので、ついでに様々なところで調製した美しい織物や衣装を集め、ゆかりある女性にお正月の晴れ着を贈る準備をします。光源氏と一緒に選んでいる紫の上は、今まで女性たちと直接相まみえることはなく、挨拶なども御簾越しであるため、光源氏が選んだ衣装の色合いや組み合わせで、それぞれの女性の姿かたちを想像しています。
玉鬘に「曇りなく赤きに、山吹の花の細長」を選び、紫の上が色々と思案しながら玉鬘像をイメージしていることが光源氏にも伝わり、心中穏やかではありませんでしたが、「いで、この容貌のよそへは、人腹立ちぬべきことなり。よきとても、物の色は限りあり、人の容貌は、おくれたるも、またなほ底ひあるものを」=贈る人の容貌を考えて見立てると、もらった人の機嫌を損ねる。良い組み合わせだったとしても衣装には限りがあり、人の容貌は醜くても、深みがあるものだから。
と、(言い訳するように)言いながら末摘花へ「柳の織物の、よしある唐草を乱れ織れる」を選びます。柳を思わせるような織物でそれが大変優美である、と書かれています。
そして、「梅の折枝、蝶、鳥、飛びちがひ、唐めいたる白き小袿に、濃きがつややかなる重ねて」を明石の君へ贈ります。
梅や蝶々、鳥が飛び交うような唐風の白い小袿に、「濃きがつややかなる重ねて」とあります。平安時代は、高貴な色とされる「紫」の文字を明記することが少なく、「濃き」「薄き」と書かれているとその後ろには「紫」があると考えるのが通例です。「つややかなる」は、前編でお話しした精練を施した生地を表します。紫という文字はないものの、赤味のある美しい紫「葡萄染」の小袿を贈られた紫の上は、精練されて艶のある濃い紫に唐風の白い小袿という、大変気品ある組み合わせに「めざまし」=憎たらしいとお思いになります。
最後、空蝉には「青鈍の織物、いと心ばせあるを見つけたまひて、御料にある梔子くちなしの御衣、聴(ゆるし)色なる添へたまひて」を贈ります。空蝉は出家している尼君なので、青みがかった鈍色の気の利いたものに、梔子色の御衣、聴色を添えます。聴色は「一斤染」とも言い、平安時代の女性に好まれ、また贅沢品であった紅花を一斤(600g)だけ使うことを庶民や尼君に許されたという色です。
光源氏は、「同じ日着たまふべき御消息聞こえめぐらしたまふ。げに、似ついたる見むの御心なりけり。」=同じ日つまり元日に着るように、手紙をつけて、本当に似合っているところを見に行くおつもりだったのです。
「玉鬘」の次の帖、「初音」では、元旦に紫の上と歌を詠み合った後、それぞれの女性を訪ねる光源氏の様子が描かれています。
吉岡更紗 よしおかさらさ
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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