色から見る平安時代と『源氏物語』
2024年の大河ドラマ「光る君へ」の主人公である紫式部が創作した『源氏物語』。今から千年以上前に書かれた物語の中では、雅な伝統色が人々の衣を彩り、景色を華やかなものにしてきました。それらの色を紐解いていくと、当時の思惑や時代背景まで見えてきます。このページでは、染織家の吉岡更紗さんに、色から見る平安時代と『源氏物語』をお話いただきました。
染織家の吉岡更紗です。大河ドラマ「光る君へ」、いよいよ主人公まひろが、藤式部と称する藤原道長の娘中宮彰子の女房となり、『源氏物語』の執筆をはじめました。
宮中の内部を見ていると女房達は、几帳などで隔てたプライバシーのない暮らしをしていることがわかりますし、寝殿造の建物と屋外の間には、御格子や御簾(みす)と呼ばれる簾のようなもののみで、平安貴族は、屋外の天候と共に暮らし、自然の移ろいを身近に感じられる環境で暮らしていたのだなと感じることができました。
また「光る君へ」の中では、日照り、干ばつ、大雨、火災などの災害や疫病の流行に悩まされるシーンが描かれていますが、『源氏物語』の中にも時折、雷雨、暴風など自然災害の様子が描かれています。第28帖は「野分」という名がつけられていますが、これは現代の台風のことを表しています。野を分けるほど強い風が吹くという意味合いを持ち、当時はそのように呼ばれていました。

「野分」帖では、秋の花々が美しく咲き誇る頃、野を分けるほどに強い風が吹き荒れた場面が描かれています。平安時代にはそうした時、男性貴族が女性の元にお見舞いにいく習わしがありました。光源氏は、息子の夕霧を呼び、使者として六条院のそれぞれの御殿に行き、様子を見に行くように頼みます。
六条院とは第21帖「少女」で、光源氏がかつての恋人、亡き六条御息所の住まい周辺の地を手に入れて造営した大邸宅のことです。敷地内を大きく四つの町に分けて春、夏、秋、冬と四季をあてて、それぞれにゆかりのある女性を住まわせていました。

夕霧はまず秋の御殿に行き、秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)の邸を訪れます。秋好中宮は、六条御息所の娘でやがて光源氏の養女となり、冷泉帝(実は藤壺と光源氏の子供)の女御として入内した方です。やがて中宮となり、時折この六条院に里帰りしていました。
夕霧が東の対の南側の縁に立って寝殿の方を見ていると、御格子が二間だけ上げられて、御簾を巻き上げている女房の姿が見えました。

「うちとけたるはいかがあらむ、さやかならぬ明あけぼののほど、色々なる姿は、いづれともなくをかし」=ほのかな朝ぼらけの中、気を許しているのはいかがかと思われるが、色とりどりの衣装を着た姿は、どれもこれも美しく見える。

更に、
「童女下ろさせたまひて、虫の籠どもに露飼はせたまふなりけり。紫苑、撫子、濃き薄き衵(あこめ)どもに、女郎花(おみなえし)の汗衫(かざみ)などやうの、ときにあひたるさまにて」=童女を庭にお下ろしになって、いくつもの虫籠に露をおやりになっているのであった。紫苑、撫子、濃い薄い色の袙の上に、女郎花の汗衫などのような、季節にふさわしい衣装である。
と野分が過ぎた秋の町の様子を伝えています。衵も汗衫も、童女(わらわべ)、貴族に仕える幼い少女が身に着ける衣装のことなのですが、夕霧は、激しい野分が去った後の早朝なのに、中宮のお世話をする女房達も童女も色とりどりの紫苑や撫子、女郎花のような季節ぴったりの秋草の彩りの装いをしていることに大変関心をするのです。

「濃き薄き」とありますが、平安時代は高貴な色と考えられていた「紫」色のことを明記することがありませんでした。古典の中で「濃き」や「薄き」と書かれていると、前後の内容にもよりますが、概ね後ろには「紫」色と読み解くのが通例です。この季節にぴったりな「紫」の花色ですから、桔梗もしくは竜胆の花でしょうか。秋の野にふさわしい「ときにあひたる」色合いを楽しんでいたのです。

吉岡更紗 よしおかさらさ
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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