色から見る平安時代と『源氏物語』
2024年の大河ドラマ「光る君へ」の主人公である紫式部が創作した『源氏物語』。今から千年以上前に書かれた物語の中では、雅な伝統色が人々の衣を彩り、景色を華やかなものにしてきました。それらの色を紐解いていくと、当時の思惑や時代背景まで見えてきます。このページでは、染織家の吉岡更紗さんに、色から見る平安時代と『源氏物語』をお話いただきました。
染織家の吉岡更紗です。大河ドラマ「光る君へ」も後半戦。益々目が離せなくなってきました。今回は、第25回「決意」で、主人公まひろが、夫となる藤原宣孝に送った手紙に注目したいと思います。
父為時が越前国の国司となり、同行したまひろは、この地に伝わる紙漉きを見てその美しさに感動します。その後、藤原宣孝との婚姻を決めて都に戻り、彼から絹などの贈り物を沢山頂けるようになったせいか、衣装の色が急に彩り豊かになりました。この回の終盤、まひろは季節に合った竜胆(りんどう)の花に手紙を結び付けた「結び文」を宣考に送り、訪れた宣孝とついに夫婦となります。
平安時代の恋愛、婚姻のスタートは「文」つまり手紙が重要な役割を果たしていました。
「光る君へ」で藤原道長は文も出さずに源倫子の元を訪れその母が驚く場面がありましたが、それは大変珍しいことで、当時の男女は急に相まみえるということがなく、手紙のやり取りから関係が始まることが殆どでした。
そこに書かれた文体や歌、紙の色、紙の質、紙に焚き染められた香りによって、その相手の人となりを想像して、関係を深めていったのです。そのため様々な色に染められた紙をストックしておくことも、貴族の嗜みであったのかもしれません。手紙の体裁はその時々に応じてそれぞれですが、まひろのように、花を採ってきてその一枝に手紙を結び付けた「結び文」は、恋文によく用いられました。
『源氏物語』「帚木」帖で、頭中将が、光源氏が女性から送られた手紙などを見る場面が描かれています。「書どもなど見たまふ。近き御厨子なる 色々の紙なる文どもを引き出でて、中将わりなく ゆかしがれば」=漢籍など色々な書物をみていたが、近くの御厨子に様々な色の恋文を見つけ出し、頭中将が見たがる、とあります。頭中将は手紙をみながら、これは誰が書いたものかと推測しますが、光源氏は当たっているものもある、とドキリとしながら何とかはぐらかします。誰かと想像できるほど、手紙にそれぞれの人間性が現れやすいということなのでしょうか…。
その後様々なことが起こった光源氏は、「須磨」帖で、朧月夜の一件があり都を離れる決意をし須磨へ移り、その後住吉明神のお告げがあったと迎えに来た明石入道に導かれて明石へと向かいます。この明石入道には一人の娘がいて、光源氏は彼女に次第に惹かれるようになり文をしたためます。
「岡辺に御文つかはす。 心恥づかしきさまなめるも、 なかなか、かかるものの隈にぞ、思ひの外なることも籠もるべかめると、心づかひしたまひて、 高麗の胡桃色の紙に、えならずひきつくろひて、」=光源氏は、手紙をおつかわしになる。奥ゆかしい方なのだろうか、このような辺鄙な土地に、意外な素晴らしい人が埋もれているようだと、お気遣いなさって、高麗の胡桃色の紙に、念入りに趣向を調えて、入道の娘へ手紙を送ります。
「高麗」とは朝鮮半島の高麗国のことで、身分の高い人は中国や高麗から高価な紙を使っていました。「胡桃色の紙」は、「香色の紙」つまり丁子で染めた紙と解釈されることが多いのですが、私は単純に胡桃の実で染めた紙を使っていたのではないかと想像しています。
あまりにも身分の高い方からの手紙に返事をためらう娘の代わりに、入道が陸奥紙(東北で漉かれた紙)で返事を書きますが、光源氏はそれが代筆であることがわかり、「代筆の手紙を頂いたのは初めてです」と今度は優美な薄様(透けるように薄い紙)で返事を書きます。
更に気おくれした娘も、入道に強く説得されてようやく筆をとり、「浅からず染めたる紫の紙に、墨つき濃く薄く紛らはして」=深く染められ香の沁んだ紫の紙に、文字の色も濃く薄くを使い分けてしたためました。
筆跡も手紙の美しさも大変優美で都の女性と劣らず、光源氏の心は都を思い出されて感慨深いものとなります。これをきっかけに入道の娘明石の君との恋愛がはじまるのですが、それぞれの感性が手紙という小さなツールに込められていたのです。
第五回へつづく
吉岡更紗 よしおかさらさ
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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