色から見る平安時代と『源氏物語』
2024年の大河ドラマ「光る君へ」の主人公である紫式部が創作した『源氏物語』。今から千年以上前に書かれた物語の中では、雅な伝統色が人々の衣を彩り、景色を華やかなものにしてきました。それらの色を紐解いていくと、当時の思惑や時代背景まで見えてきます。このページでは、染織家の吉岡更紗さんに、色から見る平安時代と『源氏物語』をお話いただきました。
染織家の吉岡更紗です。大河ドラマ「光る君へ」も終盤となり、毎週のワクワクがあとわずかなのか…と思うとせつなくなりますね。月日の経つのは早いもので、今年もあと1か月となりました。
『源氏物語』54帖の中で、染織を生業とする身として、最も華やかに感じる場面は、「玉鬘」帖の衣配りの場面です。そのひとつ前の帖「少女(おとめ)」で、光源氏が理想的な邸宅とする六条院が完成します。邸宅は、大きく春夏秋冬四つの町にわけ、それぞれにゆかりある女性を住まわせることになりました。
時をおなじくして、光源氏が若い頃死に別れた夕顔が頭の中将との間に生した女の子玉鬘が、偶然が重なり京に上り光源氏の養女として六条院へ引き取られることになりました。西の対に住まう花散里に養育を託すこととなります。
六条院の完成、そしてその偶然の出来事から初めて迎えるお正月に向けて、衣配りの場面が描かれています。光源氏のように高貴な身分の男性は、毎年年末を迎える頃にゆかりのある女性に、新年を迎える調度や晴れ着を贈る習慣があったと思われるのですが、『源氏物語』の中では、六条院を建て終えた光源氏の最盛期、そして『源氏物語』の新たなヒロイン玉鬘登場(この「玉鬘」から「真木柱」までの10帖を玉鬘十帖とよび、玉鬘を中心に物語が繰り広げられていきます。)のタイミングで、この場面が描かれているのです。
光源氏は、東南の春の町に共に暮らす紫の上のいる前で、あれやこれやと女性に贈る衣装を選んでいます。紫の上は美しく、聡明な上、染めや裁縫など衣装を制作させることが非常に上手で、センスの良い女性ですが、そんな彼女のために、光源氏は、「紅梅のいと紋浮きたる葡萄染(えびぞめ)の御小袿、今様色のいとすぐれたる」組み合わせを選びます。
そして、「桜の細長に、つややかなる掻練(かいねり)取添へて」を明石の姫君へ、「浅縹(あさはなだ)の海賦(かいふ)の織物、織りざまなまめきたれど、にほひやかならぬに、いと濃き掻練具して」は花散里にを贈ります。
明石の姫君と、花散里に送ったかさねの中で「掻練」という言葉が出てきます。この二文字だけではどのような色なのかイメージするのが難しいかと思いますが、「練」という漢字に注目したいと思います。
この当時の貴族達の衣装は基本的に全て絹で作られていました。絹は、蚕が糸を吐いて繭をつくり蛹(さなぎ)となった状態から、糸をつくりますが、それはやや硬めではりがあります。平安時代までは、その糸で織った生絹(すずし)の衣装が多いのですが、藁灰汁を沸騰させた中で煮ると、灰汁に含まれるアルカリ性により、糸が柔らかくなり美しい光沢がでてきます。この作業のことを精練(せいれん)といいますが、これにより柔らかくなった生地を練絹(ねりぎぬ)といい、今の着物など絹製品はこちらが主流となっています。
平安時代にはこの練絹が大変珍しいのですが、それを紅花で紅色に染めることが多かったようで「掻練」と出てくると、柔らかく光沢のある絹地を紅色に染めたものと考えるのがよろしいようです。その掻練を、春の町に暮らす明石の姫君には、桜を思わせる細長と組み合わせ可憐に、夏の町に暮らす花散里には、濃い掻練に、波や貝、海鳥など海辺の風景を思わせる模様を織り込んだ淡い縹色を組み合わせ、ややクールな印象です。
そして、玉鬘には、「曇りなく赤きに、山吹の花の細長」を贈る様子をみて、
「上(紫の上)は見ぬやうにて思しあはす。『内の大臣の、はなやかに、あなきよげとは見えながら、なまめかしう見えたる方のまじらぬに似たるなめり』と、げに推し量らるるを、色には出だしたまはねど、殿見やりたまへるに、ただならず。」=紫の上は、それを見ぬようにして想像する。「父の頭中将の華やかなで美しいのだが、優美さにやや欠けるところが似ている」と顔には出さないけれど、そのように想像しているようにみえるのが、光源氏からすると心中ただならぬ様子である。
光源氏が送った衣装の組み合わせをみていると、それぞれの女性の雰囲気や人柄が見えてくるかのようで、紫の上にとっては非常に酷な状況だったのかもしれません。(後半に続く)
吉岡更紗 よしおかさらさ
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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