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源氏の色|第二回「花の宴(光源氏編)」

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色から見る平安時代と『源氏物語』

2024年の大河ドラマ「光る君へ」の主人公である紫式部が創作した『源氏物語』。今から千年以上前に書かれた物語の中では、雅な伝統色が人々の衣を彩り、景色を華やかなものにしてきました。それらの色を紐解いていくと、当時の思惑や時代背景まで見えてきます。このページでは、染織家の吉岡更紗さんに、色から見る平安時代と『源氏物語』をお話いただきました。

染織家の吉岡更紗です。一月にはじまった大河ドラマ「光る君へ」は、後に紫式部と呼ばれる女性が主人公ということもあり、久しぶりに『源氏物語』を開き、少しずつ読み進めています。『源氏物語』は五十四帖に及ぶ長編小説なのですが、十二帖「須磨」のあたりで、次々と登場する人物が覚えられなくなったり、都から須磨へ隠棲する光源氏の姿に耐えられなくなり、一気にトーンダウンしてしまう「須磨帰り」という言葉があります。今回はそうならないように、とじっくり人物相関図と照らしあわせながら読み進めています。

さて、今回は「源氏物語と色 花の宴(光源氏編)」と題して、光源氏が須磨へ都落ちしなくてはならなくなった序章となる「花の宴」帖の、光源氏の衣装の色についてお話ししたいと思います。

桜の唐の綺 写真提供:紫紅社

光源氏が十八歳の頃、父の桐壺帝が二月二十日頃に紫宸殿で桜の宴を催します。(この当時は旧暦なので、新暦ではおおよそ三月末から四月初め頃のことと思われます。)宴が終わり明るい月夜となった夜、少しお酒に酔った光源氏は、二人の間の子を生(な)してしまった継母藤壺に会えないだろうかとウロウロしますが、会うことが叶わなかったので、その足で弘徽殿(右大臣の娘で桐壺帝の后)の細殿に立ち寄ります。すると「朧月夜に似るものぞなき」と口ずさみながらやってくる女人がいて、そこで二人は関係を結んでしまいます。

その時には名前を名乗らず、扇を取り交わすのみで別れることになりますが、ひと月ほど経った三月二十日頃(四月末から五月初め頃)、今度は右大臣の邸で藤の花宴が催されることになりました。宴に招かれた光源氏の出立ちは、「桜の唐の綺の御直衣(のうし)、葡萄染の下襲、裾いと長く引きて。皆人は表の衣なるに、あざれたる大君姿のなまめきたるにて、いつかれ入りたまへる御さま、げにいと異なり」=桜襲の唐織の直衣に、葡萄染の下襲の裾をとても長く引いている。他の方たちは正装の袍を着ているが、大変しゃれた優美な様子で、丁重に迎えられて入るお姿は、大変格別であった、というものでした。

「花の宴」光源氏の衣装 写真提供:紫紅社

他の方々は、第一回目に書いたような、位によって色が決まっている束帯姿、いわゆる正装で宴に参加していますが、光源氏は直衣という日常着を着て、そこに下襲をつけて心持ち改まったおしゃれな装いで登場します。

大河ドラマ「光る君へ」の中で、関白となった藤原道隆の息子藤原伊周が急激に出世し、少し横柄な態度をとるような場面が出てきます。
妹定子が入内した一条天皇の前で、他の人は束帯姿なのに普段着である直衣を身に着けている伊周を周囲が「ちょっとね…」と揶揄するシーンがありましたが、光源氏は皇子なので、このようなフォーマルな場面でも直衣姿が許されるようです。

この当時、男性貴族は正装である束帯は位によって色が決まっていましたが、日常着である直衣や狩衣に、特に色の決まりはなかったと言われています。ただ平安時代の貴族は、季節に合わせて衣装の色合いを変えるという美意識があるため、藤の宴に出席するにあたり、その色に合わせた二藍色(紅花と藍を重ねた紫色)を着ることも考えられるのですが、紫式部は冒頭に、「花盛りは過ぎにたるを、ほかの散りなむとや教へられたりけむ、遅れて咲く桜、二木ぞいとおもしろき」=もう桜の盛りは過ぎているのだが、他の桜が散ってしまったと教えられたかのように、遅れて咲く桜が二本あるのが美しい、という一文を書いています。

つまり、あらかじめ遅咲きの桜が二本あることを読み手に伝え、光源氏がそれに合わせて衣装を選んだかのように描いているのです。「桜の唐の綺」は、白いやや透け感のある唐織風の織物で、その下におそらく紅花で染めた濃い紅色の布をかさねた取り合わせで、裏地の濃い紅色が透けてほんのりと淡い桜色に映るという非常に雅びな衣装です。

写真提供:紫紅社
紅花 写真提供:紫紅社
紅花 写真提供:吉岡更紗

この宴の後、扇を取り交わした「朧月夜の君」とまた逢瀬をかさねることとなります。「朧月夜の君」は、右大臣の娘で、光源氏の異母兄である朱雀帝に入内する予定でしたが、白紙となります。その後も帝の寵愛を受けながらも光源氏との関係を続け、それが朱雀帝の母で朧月夜の姉でもある弘徽殿女御に知られることとなり、光源氏は立場が危うくなり官位も奪われ、みずからしばらく都を離れる決意をするのです。

第三回へつづく

吉岡更紗 よしおかさらさ

染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。

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吉岡更紗

染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。

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