色から見る平安時代と『源氏物語』
2024年の大河ドラマ「光る君へ」の主人公である紫式部が創作した『源氏物語』。今から千年以上前に書かれた物語の中では、雅な伝統色が人々の衣を彩り、景色を華やかなものにしてきました。それらの色を紐解いていくと、当時の思惑や時代背景まで見えてきます。このページでは、染織家の吉岡更紗さんに、色から見る平安時代と『源氏物語』をお話いただきました。
染織家の吉岡更紗です。前回お話しをさせて頂いた「花の宴」の次の帖で、主人公光源氏は「葵」で正妻である葵の上との悲しい別れを経験しています。葵の上は、桐壺帝時代の左大臣の娘で、光源氏の親友である頭中将の妹(もしくは姉)とされる人物です。『源氏物語』に登場する光源氏ゆかりの女性の中ではややクールビューティーな印象があり、夫婦仲もやや冷淡な様子が伺えます。
旧暦の4月に賀茂祭(葵祭)が執り行われ、懐妊していた葵の上は体調がすぐれず気分転換も兼ねて出かけるのですが、光源氏の愛人である六条御息所の牛車と見物場所の取り合いとなってしまう「車争い」が起こってしまいます。その後、葵の上が物の怪に苦しむようになり、光源氏はその原因が六条御息所の生霊であることに気づき愕然とします。

8月の中頃、葵の上は男の子(夕霧)を出産した後に亡くなってしまいます。光源氏は喪に服し、「にばめる御衣たてまつれるも、夢の心地して、われ先立たましかば、深くぞ染めたまはましと、おぼすさへ」=鈍色の喪服を着ているのも、夢のような気がして、もし自分が先立ったのならば葵の上は、色濃いものを染めて喪服にしたであろうと思い、
「限りあれば薄墨衣浅けれど 涙ぞ袖を淵となしける」=決まりがあるので、薄い墨色の衣を着ているが、涙で袖は淵のように深く悲しみに濡れている、と歌を詠んでいます。

平安時代、貴族は近親者がなくなると「鈍色(にびいろ)」と呼ばれる墨のような色の衣装を着て哀悼の意をあらわしました。関係が近い人ほど濃い色を着て、妻が亡くなった場合夫は3カ月、夫を亡くした場合妻は1年間鈍色の喪服を着たと言われています。団栗や矢車(やしゃ)と呼ばれるタンニンを含む木の実などを煎じたもので布を染めた後、錆びた釘をお粥と酢を合わせたものに入れて鉄分が溶けだした液体「鉄漿(かね)」を用いて黒く発色させます。

大河ドラマ「光る君へ」第22回で、母親である高階貴子が亡くなり、喪に服す中宮定子と清少納言の姿が映し出されました。悲しみをあらわすかのように暗い場面の中、あまりにも美しい二人のお姿がとても印象的でした。二人を訪ねた道長も弔問の為、鈍色の直衣を身に着けています。御簾などの調度も鈍色で整えられていましたが、その御簾を上げる際に、少し映った袴の色は、「萱草色(かんぞういろ)」と思われます。貴族の女性は紅色の袴をはくのが通例ですが、喪に服す場合は少し黄味の強いこの色の袴を選びました。

梅雨から夏にかけて咲く百合の花に似た小さな花を咲かせる萱草は、別名「諼(けん)草」とも言い、諼とは忘れるの意味を持つため、「忘れ草」つまり別離の悲しみを忘れる花として、その花色は喪に服す色とされていました。
「葵」の帖にも、葵の上のお世話をしていた童女が、「ほどなき衵、人よりは黒う染めて、黒き汗衫、萱草の袴など着たるも、をかしき姿なり」=人より黒く染めた衵と黒い汗衫(幼い童女が着る表着で、衵の上に汗衫をつける)萱草色の袴を着ているのがとても可憐である、と書かれています。

四十九日を迎えるまでは、左大臣邸にて過ごすことを決めた光源氏を、親友である頭中将は頻繁に見舞いに訪れます。葵の上の兄弟でもあるので、衣装はやはり喪に服す鈍色ですが、この頃になると「鈍色の直衣、指貫、うすらかに 衣更へして、いと雄々しうあざやかに」=鈍色の直衣、指貫をやや淡い色に変え、大変男らしくすっきりとしている装いです。
それに対し光源氏は「今すこしこまやかなる夏の御直衣に、紅のつややかなるひき重ねて、やつれたまへるしも、見ても飽かぬ心地ぞする」=少し濃い鈍色の夏のお直衣に、紅色の光沢のある袿を下に重ね、地味な様子だが、見飽きることがない、と描かれています。濃い鈍色の直衣を着て喪に服しながらも、下に光沢のある艶やかな紅色を合わせる光源氏の姿は大変艶のあるお姿であったことでしょう。

第四回へつづく

吉岡更紗 よしおかさらさ
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
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