6月、山がより青く深くなる季節。岐阜の山里では、庭先や道沿いに大ぶりの葉をゆったりとひろげる木があります。ホオノキです。その葉は大きいもので40cmを超え、青々とした艶やかさの中に、清らかな香りを漂わせています。この葉が主役を務めるのが、岐阜県の郷土料理「朴葉寿司」。初夏の風物詩として、飛騨地方から中濃・東濃地域にかけて、古くから家庭の食卓を彩ってきた一品です。
田植えの季節と、葉に包まれた昼ごはん
朴葉寿司の起こりは、農作業や山仕事の際に持ち運んだ携帯食といわれます。朴の葉には殺菌・防カビ効果があるとされており、葉に含まれる成分が酢飯の酢と相まって、高温多湿の田植え期でも食品が傷みにくかったといいます。葉そのものが器と包みを兼ねるため、食器も箸も要らず、手を汚さずに食べられます。山や田んぼでの休憩時間にそのまま広げられる、理にかなったお弁当というわけです。
農村地域の多くで、昭和中期まで田植えは「結い」と呼ばれるご近所同士の共同作業で行われていました。田植えを手伝ってもらう家では、前日から仕込んでおける朴葉寿司を昼食に振る舞い、隣人たちをもてなしたといいます。葉の香りをまとった酢飯は、骨の折れる農作業のあとのごちそうだったことでしょう。
地域によって異なる、具材と包み方
作り方は地域ごと、家庭ごとに個性があります。それもまた、朴葉寿司の愛らしいところです。 お店などでは、酢鯖や酢鮭、錦糸卵、きゃらぶきの煮物、酢れんこん、紅ショウガなど、7〜8種の具材を酢飯の上に並べてから葉で包むことも。彩り豊かな姿は、ひらいた瞬間にはっと息をのむほど華やかです。
一方、家庭で作る場合は、酢飯に数種類の具材だけというシンプルなものもあります。もともとはとても素朴で、北陸から運ばれてきた塩鮭を酢で締め、その酢で炊いた酢飯に鮭をのせただけのものが始まりだったとも伝えられています。葉の包み方も、半分に畳んだもの、四角く整えたものと、各家庭に受け継がれてきた手つきがあります。
半日、朴の香りとともに
酢飯を朴の葉にのせ、重ねておひつや鉢に入れて重しをして落ち着かせます。そのまま半日ほど置くと、葉の清涼な香りがほんのりと酢飯に移り、味わいが深まります。ひらく瞬間もまた格別です。葉をめくると、ふわりと立ちのぼる朴の香り。青葉の清々しさと酢の柔らかな酸味が混ざりあい、初夏の山里がそのままそこにあるような気持ちになります。
山里から食卓へ、今も続く初夏の風物詩
旬は5月から初夏にかけて。朴の葉が瑞々しく、香りが最もよく立つ季節です。毎年この時期になると、地域の農産物直売所には朴葉寿司が並びはじめ、飲食店のメニューにも登場するようになります。県内各地の学校や保育園の給食にも取り入れられており、子どもたちへと丁寧につながれています。 田植えの頃、隣近所の人たちと肩を並べて食べたあの味が、形を変えながらも今日まで受け継がれている、朴葉寿司はそんな、人と季節のやさしい記憶を包んでいます。

清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
